通路を挟んで隣。こちらに顔を向け、一人の熟年男性が僕ら宛てに話しかけてくる。
彼の服装はアウトドアシャツにロングパンツと、明らかに登山を目的としたものだった。


「はい、まあ……そうですけど」


やや身を乗り出し、背中に清を隠す。
何となく怪しい、と思ってしまったのがバレたのか、相手は僕の反応を見て「ああごめんね」と気さくに笑った。


「変質者じゃないから。ただのお節介なおじさんだよ。もし山に登るんだったら、随分軽装だから危ないなと思ってね」


彼は近くに住む元サラリーマンで、定年退職後、登山を趣味にしているとのことだった。今日もいつものようにこのバスへ乗車したところ、珍しい顔を見つけたので声を掛けたのだという。


「見慣れない子たちがいるなと思ったもんでね。平日の朝っぱらからなんて、この時間は学校じゃないのかい? あれ、もう今って夏休みなのかな」

「ご心配ありがとうございます。登山はしないので大丈夫です」


ひとまずそう答えて、僕は「それと」と付け加える。


「学校はさぼりました」


あまりにも平坦に言い捨てたからか、相手はきょとんとしたまま黙り込んだ。それから突然、相好を崩す。


「……ははっ、そうか、そうかそうか! うん、そういう時もあるなあ。歯切れが良くて素晴らしい」