僕の知らない色だって、世界だって、彼女が気付かせてくれた。それなら僕にでも描ける。彼女の知らない世界をいくらでも。

沈黙が落ちる。張り詰めた静けさではない。嵐の後の静けさのような、穏やかな沈黙が広がっていた。

つと視線をずらし、白先輩と目が合う。僕の顔を見て、彼女は優しく笑った。
それだけで、全てが許された気がしてしまう。決して許されたわけではない。過去は消えないし、あやまちを忘れてはいけない。傷つけたことをしっかりと抱えて、歩いていかなければならないのだ。

頭を下げる。それから、もう戻らないと決めた美術室を後にした。


「航先輩っ……!」


放課後の廊下に、僕を呼ぶ声が響き渡った。上擦っているし、震えている。多分、泣いているだろう。そして彼女は、透き通った清廉な涙を流すのだ。

慌てたような足音が聞こえて、後ろを振り向く。
やっぱり、清は、泣いていた。


「待って、下さい……もう戻らないって、どういうことですか、先輩、描くって、私のために描いてくれるって、」

「とりあえず息整えたら?」

「だ、だって、航先輩が出て行っちゃうから……!」