答えは簡単だ。「誰かが手を加えたから」、それ以外にあり得ない。

絵の端を左手で押さえつけ、右手で力一杯上から下へ。
びりびりと紙の繊維が離散する音が、鼓膜を揺らした。大袈裟な音を立てた割に呆気なく破られてしまった画用紙は、もはやただのゴミと化している。


『私は、航先輩の絵を見たいです。どうしても、もう一度見たいんです』


ああ、見せてあげるよ。こんなにくすんでしまったまがいもの(・・・・・)なんかじゃなくて、他でもない僕が、僕だけが描いた絵を。


『さ、や、か、です! 覚えて下さいね』


目を閉じる。頭の中で繰り返す。何度も、彼女の名前が鮮やかに浮かんでくる。


「――清」


名は体を表す。清々しく清らかな響きだ。今はもう、ちゃんとそう思う。

その名前を呼んで、振り返った。彼女の――清の瞳が、大きく震えている。


「僕はこれから、君のために絵を描く。今度は誰の手も加えない、僕の絵だ」


きっと、好きなだけでは駄目だった。僕が自分のために絵を描くことは、もうないだろう。
それでもいい。それで、いい。彼女が僕の絵を求めてくれるから、僕はもう一度、筆を執ろうと決めたのだ。


「だから、ちゃんと見ててよ。君の知らない色は、もっとたくさんある」