清潔感のあるクリニックのロビーを抜けて
受付の前に立ったのは、午前の診療が終わる
15分前だった。
 思った通り、色鉛筆を探し終えるまで1時間
近くを要してしまった俺は、急ぎ足で閑静な
住宅街の中心にあるメンタルクリニックまで
来ることとなった。
 診察券と保険証を差し出して、番号札を受け
取る。

 「お掛けになってお待ちください」

 という受付のひと言に頷いて待合室に目を
向けると、大きな窓から柔らかな日差しが
射し込む、壁側のソファーに腰を下ろした。

 “カウンセリングを重視し、投薬は最小限
に押さえる”

 というこのクリニックには、月に一度、
導入剤をもらいに通っている。

 少し長めの待ち時間を過ごす院内は、適度な
縁と柔らかな光が溢れ、疲れた心を落ち着かせ
てくれてくれる癒しの空間となっていた。

 やや硬めのソファーに深く腰掛けて脚を組む。
 閉院前の院内に残る患者は数人ほどで、奧に
ある空気清浄機の音が聞こえそうなくらい、
静かだった。
 俺は緩やかに瞼を閉じて腕を組むと、今夜、
ゆづるに会えた時の言い訳を考え始めた。

 もちろん、彼女が店に来なかったことを素直
に拗ねるとは思っていない。
 けれど、会った瞬間のゆづるの表情を想像
するだけで、不思議と心は満たされた。
 
 そんなことを考えながら、ふと目を開けた時
だった。カチャリと音をさせて、診察室の扉
が開いた。
 ありがとうございます、という声が聞こえて
ちらと視線を向けると、線の細い女性の後ろ
姿が視界の真ん中に映った。
 その向こうには、白衣を着た初老の男性が
ドアノブを手に立っている。
 ノンフレームの眼鏡の奥の目を細め、
「気を付けて」と頷いたその医師は、俺の知ら
ない顔だった。


 『小林 喜一郎』


-----非常勤の医師だろうか?



 それほど広くはないフロアーの壁側から目を
凝らしてネームプレートを見ていた俺は、次の
瞬間、振り返った女性を見て目を見開いた。



-----そこには。



 昨夜、会いに行くことができなかった、
“ゆづる”に瓜二つの女性が、いた。