休日の早朝は街を歩く人の姿もまばらで、
心なしか空気も澄んでいる。
 寝不足の身体は疲れて重かったが、少しの
休息でくっきりと冴えた頭はゆづるの喜ぶ顔
を脳裏に映していた。


 昨夜は結局、店には行けなかった。
 片付けを終え、尚美の部屋を出たのは東の
空が東雲色に染まり始めた頃で……
 始発を待って店に駆けて行ったところで、
あの重い扉が開くとも思えない。
 仕方なくまっすぐ家に戻り、最後の1錠を
口に放り込むと、俺はベッドに潜り込んで朝
を待った。






 「まいったな……」

 開店したばかりの広い店内の一角で、俺は白い
紙切れを手に肩で息をついた。
 目の前にずらりと並ぶ色鉛筆は、見事なグラ
デーションを棚に描きながらこちらを見下ろし
ている。
 彼女のメモと壁一面に広がる棚を交互に眺めて
みても、3ケタの品番だけでは“色”の見当もつか
なかった。

 「503……503……」

 俺は無意識に品番を呟きながら、端から端ま
で、ゆっくりと色鉛筆を探し始めた。

 「……あった」

 ようやく1本目を見つけ、手に取って見る。
 あの夜、俺が月明かりにかざした黄色の色鉛筆
で、彼女がよく使うと言っていた色だった。

 巧みに光を描く彼女には、きっと欠かせない
色だろう。何とはなしに緩んでしまう頬を引き
締めて、俺は色鉛筆と紙切れを手に次の色を
探し始めた。
 ずらりとメモに並ぶ数字は、数えてみれば
16個ある。見当もつかないまま、残りの15本
を探すのは案外、時間がかかりそうだ。

 「507……50……」

 俺は番号の近い色に目を走らせながら、右に
一歩身体をずらした。その時だった。

 「お探ししましょうか?」

 不意に控えめな声がして、くるりと左下を向い
た。黒いエプロンを身に付けた小柄な女性店員
が、アルミの買い物カゴを差し出しながら、
こちらを見上げている。

 「……ありがとう」

 俺は差し出されたそれを受け取りながら、
でも、と言って小さく被りを振った。

 「自分で探すから。大丈夫ですよ」

 「……そう、ですか?」

 一瞬、戸惑ったように瞬きをする店員に、頷いて
笑う。確かに、これだけの色を探すのは骨が折れ
そうだったが、これから先もまた、色鉛筆を買い
に来る機会があることを考えれば、探しながら色
を覚える方がいいように思えた。

 「では、何かございましたらカウンターへ
お声をかけてください」

 そう言ってぺこりと頭を下げ、立ち去ろうと
する店員の背中に、ありがと、と声をかけると、
俺は空っぽの買い物カゴに色鉛筆を転がして、
視線を棚に戻したのだった。