結局、昨日、彼女を連れて戻ったのは朝の
7時過ぎだった。

 家まで送ると言った俺に、「そこでいいから」
と、十字路のひとつ手前の信号を彼女は指差
した。そうして、ひらりと車から降りると、
朝日を背に「おやすみなさい」と微笑した。

 「ああ」

 小さく頷き、俺は次の言葉を探す。
 けれど、何か言おうと口を開きかけた瞬間、
信号は青に変わり、仕方なくアクセルを踏んだ
のだった。
 去り際、バックミラー越しに彼女を見れば、
ゆるやかに靡く髪を両手で抑えながら、じっと
こちらを見つめている。

 まるで、「帰る場所」を俺に知られないように
そこに留まっているように見えた。

 「あなたこそ仕事、大丈夫だったの?あのまま
寝ないで行ったんでしょう?」

 半分ほどに減ったカクテルのグラスを指で
なぞりながら、ゆづるが俺を覗き込んでいる。
 俺は浅く息をついて視線を一度天井へ外すと、
口元に淡い笑みを浮かべた。

 「まあ、寝不足はいつものことだから。身体も
慣れてるし、仕事は問題ないよ。眠れない夜を
ひとりで過ごすより、好きな女といる方が疲れも
取れるしね」

 彼女が目を見開く。
 そうして、グラスをなぞる指を止めた。

 滑らかな白い頬が僅かに赤く染まったのは、
アルコールのせいだけではないのだろう。

 俺は水滴で濡れた彼女の指を絡めるように握る
と、テーブルの上で重ねた。

 「できれば毎晩………眠れない時間を、こうし
て一緒に過ごしたいんだけど。どう?」

 「……毎晩?」

 「そう、毎晩」

 「……別に、私は構わないけど。でも、昨日は
店に来なかったじゃない。あなただって疲れて
眠くなる日も」

 そこまで言って、彼女は言葉を止めた。
 “しまった”という表情を隠しきれずに、ペロリと
唇を舐める。

 俺は彼女が“うっかり”言ってしまったその言葉に
頬を緩めながら、握る手に力を込めた。