同じ職場で知り合った尚美との関係は、
もう2年以上続いている。

 恋人ではなく、けれど遊びでもなく、
世間一般でいうところのセフレでもない。

 互いのゆるい好意から始まり、心地よい
距離感でこの関係が続いている理由は、
ふたつあった。

 そのひとつが、尚美には「本命」と呼べる
男がいることだ。
 その男には妻子があり、職場の上司であり、
俺の上司でもあるという、いくつかの問題は
あるのだけれど………

 彼女にはその“恋”を貫くだけの覚悟がある
ようだった。

 そして、もうひとつの理由は俺にある。

 数年前に離婚をして以来、俺は結婚に対して
も、恋愛に対しても酷く臆病で、そこに幸せ
を求めることに疑問を持っていた。

 それでも、ふと、誰かに寄り添い、温もり
が欲しくなる時もある。

 互いの間に“恋”はなくとも、精神的な孤独を
拭い去ってくれる“誰か”が欲しかった。
 そんな理由がふたりの微妙な関係を保つ要素
となっていて、互いの寂しさを受け止める
クッションのような存在にもなっている。



 「今日は眠れそう?」

 「さあ、どうかな」

 俺はデスクの上のデジタル時計に目をやった。



-----時刻は2:48分。



 頭の中はくっきりと冴えていて、やはり眠れ
そうにない。

 「もう眠れよ。明日は土曜だし、朝もゆっくり
してって構わないから」

 「そう?じゃあ悪いけど、先に寝るね」

 時計に目をやったまま、そう言った俺に尚美は
欠伸をひとつして、目を閉じる。

 間もなく、すぅ、すぅ、と、静かな寝息が隣か
ら聞こえ始めた。
 俺は尚美を起こさないよう、ベッドからそっと
抜け出すと、キッチンへ向かった。

 戸棚から白い紙袋を取り出す。
 小さな橙色の錠剤を見て、俺はふと考えた。

 明日は休日で大した用もない。
 尚美を送り出したあと、軽くジムで身体を動か
して、またあの店に行くぐらいだ。
 だから、導入剤を飲んでまで無理に眠る必要
も、ない。俺は薬を袋へ戻すと、そっと、棚の奥
へしまった。


 眠るための薬が手放せなくなってから、何年
経つだろうか?

 俺は離婚した妻の顔を思い浮かべた。