もともと、夜は導入剤がなければ眠れない。
 だから、眠りに落ちているようでもそれは
浅く、小さな物音にも気付けたのだ。



-----それにしても、いい女だったな。



 俺は閉じた瞼の裏で、腕の中の彼女を思い
起こした。ベッドの中でしか聞けない甘い声
も、整いすぎた顔立ちも、絹のように滑らか
な肌も、非現実的なまでに美しかった。

 気分屋で捉えどころがなく、ともすれば冷淡
に見えてしまう性格も、妖艶な容姿と相まって
美しさを引き立てている。……そこまで考えて、
俺はひとり、笑った。

 もう、会えない女の事を、あれこれ考えても
仕方ない。

 さようなら、のひと言で終わったのだ。

 次はない。

 俺は起き上がってバスローブを羽織った。
 熱いシャワーでも浴びて目を覚まそうと、
ベッドの横をすり抜ける。
 その時、ふと、デスクの上で目が止まった。
 手探りでライトをつけてみれば、ホテルの
サービスメニューが書かれているらしい紙が
一枚置いてある。けれど、目に飛び込んできた
のは、文字が綴られたメニュー一覧ではなかっ
た。



-----そこには、ベッドに眠る、俺がいた。




 「これを……彼女が?」

 信じられないほどリアルに描かれた自分の顔
を、指でなぞる。顔を埋める枕の質感から、閉
じられたまつ毛の艶と影、無造作に流れる髪の
一本一本まで、手で触れられそうなほどリアル
に描かれている。

 信じられなかった。

 俺が眠っていたのは、ほんの一時間ほどだ。
 そのたった一時間の間に、彼女はこの画を
描いたことになる。

 俺は絵心というものはからきしだったが、
素人目で見ても、この画は天才的だと思えた。

 眠っている自分を、じっと見つめる彼女の
眼差しを想像しながら、俺はその紙を手に
取った。どうして彼女がこれを描いたのかは、
わからない。

 なぜ、この画を残していったのかも。

 ただの気まぐれ、かもしれない。

 それでも……