ようやく、訪れた限界に互いの動きが止まる
と、腕の中のゆづるが頬を紅潮させ、まるで
獣みたいね、と言うので、俺は笑ってキスを
落とした。



------カチ。



 気怠い微睡みを、小さな物音が途ぎった。
 薄暗い部屋の中で目を凝らすと、ドアの前に
立つ人影が、黒く視界に映る。

 「これっきり?」

 部屋を出て行こうとする彼女の背中に、
ため息交じりにそう声をかけると、暗がりから
「そう、これっきり」と、連れない返事が聞こ
えた。

 ゆづるの表情は、わからない。けれど、その
声音から、笑んでいるのだということが、想像
できた。俺は内心、そのことに酷く落胆しなが
ら、彼女を引き留める言葉を探した。が、今日
に限って、気の利いた言葉が見つからない。

 だから俺は、仕方なく思ったままを口にした。

 「また、会いたい」

 「……どうして?」
 
 明らかに、好意を含ませた言葉を瞬時に
切り返されて、俺は言葉に詰まった。



-----どうして?



 と、聞かれても困ってしまう。
 出会ったのは、つい数時間前で、まさか
「好きだから」とは言えない。いまの不確
かな気持ちを、どう言葉にすべきか……
 俺は身体を起こして腕を組み、しばし考えた。

 「気に入った……からかな」

 口をついて出た言葉はこれ以上ないほど
適切で、ゆえに、口説き文句としてはまっ
たく役に立たない。
 案の定、ゆづるは数秒の間を置いてぷっ、
と吹き出した。

 そうして、ドアノブに手をかけた。

 「日本語って便利ね、本当に。帰るわ。
さようなら」

 「……………」

 爽やかな笑顔で別れを告げて、彼女の
背中がドアの向こうに消える。俺はやるせな
さを感じ、ため息をつくと、どさ、とベッド
に身体を預けた。

 たった一人、残された室内は静まり返って
いて、ついさっきまでの時間がまるで夢の
ようだった。

 ちら、と部屋のデジタル時計を見やれば、
時刻は3時24分。
 行為を終えてから、1時間ほど眠りに落ちて
いたようだった。

 俺は、まだ重い瞼を閉じた。
 けれど、もう、眠ることはできなかった。