行き交う車のライトが遠目に見て取れて、
さて、と息をつく。この通りを左に曲がれば、
ひとつ先の駅へと繋がる。店は見つかるかも
知れないが、あまりにも家から遠ざかってし
まって、帰りが遅くなりそうだった。

 仕方なく、来た道を戻ろうと回れ右をしよ
うとした、その時だった。

 通りの向こうの角に、淡い光を見つけた。

 目を凝らしてみれば、白い建物の大きな窓
ガラスの向こうに、花と沢山の緑らしきもの
が見える。
 良かった。ここまで歩いてきた甲斐があっ
た、と、胸を撫で下ろし、僕は大通りの信号
を渡った。

 窓ガラスから溢れる光が、柔らかに店先の
歩道まで伸びている。白を基調とした爽やか
な印象のその店の天井には、ほのかに黄色が
混ざる、明るいライトが2つ、3つ、花や緑
の色彩を鮮やかに惹きたてていた。

 僕は小さく息をつき、店の入り口をくぐっ
た。少し肌寒い店の中ほどまで進む。
 チリリン、と、小さなベルが鳴って、はい、
と奥から澄んだ声が聴こえた。
 思っていたよりも広い空間を埋めつくして
いる、色とりどりの花を見ていた僕は、目の
前に現れた彼女の姿を見て、時を止めた。

 「いらっしゃいませ」

 鈴が鳴るようなその声に鼓動が胸を打って、
手を握りしめる。真っ白なシャツに、黒い
エプロンが映えて、眩しかった。

 「どういったお花をお探しですか?」

 少し首を傾げて、彼女は柔らかな笑みを
僕に向けた。

 「花を……ください」

 咄嗟に口をついて出た言葉があまりに的外れ
なもので、彼女が笑みを深める。
 その笑みにまた鼓動が鳴って、僕は視線を
店内の花へと移した。

 「あの、仏壇に供える花を……」

 もう一度、息を整えて発した声が震えたの
は、吸い込んだ空気が冷たかったからではな
かった。

 「仏壇のお花ですね」

 と、頷く彼女に「白い花を」と付け加えた声
は、また震えていて……僕はコートの襟を掴んだ。