「カークス様、どうなさったの?」

 応接間のソファーに座る、その隣でメリルが聞く。
 午前のひととき、配達人から受け取ったジョージが寄越した一通の文。

「ジョルジュの屋敷から今朝、届いたんだよ」

 ジョルジュというのは俺の幼馴染で、同じ伯爵家の子息だ。
 文によると、ここ数日でジョルジュの御父上が床に臥せるようになったらしい。
 そこで、しばらくの間は伯爵代理としての仕事をこなさければならなくなったという。

 俺は以前からの約束で、ジョルジュを家に誘って、ここ最近の社会情勢等について書斎で談義するつもりでいた。

 文は、その断りの返事と仕事の相談に乗って欲しいという依頼の両方だった。

「まぁ、ジョルジュ卿の?」

「確か、とても元気な方だったはずだよ」

「えぇ、私もカークス様と共に一度だけジョルジュ卿の御屋敷にお邪魔しましたものね」

「そうだったね。 ジョルジュはもうすぐ結婚式を挙げる予定なのに」

「その結婚相手の方って……」

「アイリス嬢……」

「ならば、すぐに行ってあげて下さい」

 そう言って、メリルは使用人に俺の出立の準備を指示する。
 ジョージも心得ているらしく、使用人を連れ立って応接間からすぐに下がって行った。

「メリルも一緒に行かないか?」

「私では邪魔になりますわ。 アイリス様がいらっしゃるのなら何も心配はいらないでしょうから」

「だが……」

「カークス様、どうかアイリス様と共にジョルジュ卿を支えてあげて下さいませ」

「メリル……」

「私はここで、カークス様のお帰りをお待ちしておりますわ」

「すまない、メリル。 おそらく数日は掛かると思うが……」

「大丈夫です、カークス様。 信じております」

「ありがとう」

 メリルの巻いた胸ラインまでの長い髪と意思の強さを表す瞳は、アイリスとは少し違う。
 アイリスはさらに長い髪を巻いて後ろで束ねている。 瞳は強さより弱々しく、それでいて微笑んだ時の聖女のような光が印象的だ。

 俺は思い出していた。
 昨夜の夢に出て来た、アイリスの言葉を。

『貴方を待ってる』