「帰るか……」

 内田くんが窓を閉める。

「うん……」

 わたしも机の上の荷物をスクールバックにしまって、花菜ちゃんから受け取ったブーケを入れた袋を手にした。

 よくできた造花かと思っていたそのブーケ、実は本物のお花を加工したプリザーブドフラワーだったんだよね。だからちゃんと丈夫なアクリルのケースに入っている。

 本物のドレスもレンタルして、サプライズ演出もやって、実はすごくお金もかかってるはず。

「きっと、松本はあの日に小口に助けてもらっていたのを覚えていて、ずっと礼が言いたかったんじゃないか? ブーケだって橘があれだけ欲しがってたのに、わざわざ手の込んだことして、ちゃんと小口に渡したんだから」

 そっか。そうだったよ。花菜ちゃんは昔からとっても素直で優しくて義理堅い女の子だったから。

 中学で文芸部に入ったことに驚いたけれど、わたしには「走れなくなっちゃったんだ。もう守ってあげられない。ごめんね」って泣きながら教えてくれていた。小学6年の終わりに足を壊していたなんて誰も知らない。

 それなのに、花菜ちゃんは高校3年の体育祭で競技直前に故障した内田くんのリレー走者代走として、学校中が驚く走りを見せてくれて、見事に校内最速の座に返り咲いた。ただ、もしあと10メートル長かったら完走はできなかったって……。

 古傷が再発したら歩けなくなる不安を抱えながら「指名してくれた内田くんに恥はかかせない」って、ギリギリの勝負を引き受けた心意気には誰もが脱帽した。

 思い出せば、昨年からはわたしにだけは何かを伝えようとしつつ我慢しているのを感じた。それが今日のことだって分かったら、責められるような話じゃない。


 このブーケにはそんな「3年5組のヒロイン」と言われた花菜ちゃんの優しさ、強さ、素直さもみんな込められている。これを見ればいつでもそんな花菜ちゃんに会える。

『内田くんをお願いね……』

 そう、内田くんはあの夏祭りの後から、わたしには絶対に手を出さなくなった。それどころか、花菜ちゃんがいないときには代わりにわたしのことを守ってくれるようになった。

 小学校の卒業のとき、引っ越してしまう内田くんを二人でお家まで見送りに行ったのは、わたしたちだけの秘密。


 その時に涙ぐんでいたわたしの手を握って、「また会えるよ」って励ましてくれたのは、今日みんなの前で素敵なウエディングドレス姿を見せてくれたわたしの大切な親友。

 まだわたしにあんな姿になれる資格なんかない。

 でも、彼女は6年前のわたしの気持ちをずっと覚えていてくれた。

 もう一度、ブーケの入ったケースをギュッと抱える。

 少し早いけど、ブーケの魔法を使ってもいいかな。




「内田くんは、いま誰か気になる子いるの?」

「は? なんだ今度は……。まぁ、見てのとおり振られたばっかだ」

 もぉ、格好付けちゃって。

「もし……、わたしが小学校の時から止まっていた時計を一緒に動かしたいって言ったら、賛成してくれる?」

「小口……?」

 わたしは彼女みたいに立ち振る舞えないし、人見知りの不器用かもしれない。でも、内田くんはそんなわたしを最初に認めてくれた男の子。

 ここで止まっちゃいけない。

「もう、鈍感! まだ花菜ちゃんと先生には全然追いつけないけど……」

「俺も、今はあの二人にはとても敵わないけど、小口とならいつか追いつける気がする。いきなり恋人ってわけにはいかないかもしれねぇけど……」

 そんなこと言って、昔やったみたいに、わたしの頭にぽふんって手を置いた。これって内田くんの照れ隠し。覚えてるんだから。

「うん、いいよ。お友だちからお願い……ね?」

 高校最後の下校は、内田くんと二人で手をつないで。

 わたしの時計の針がまた動き出した夕暮れだった。