いったい今日は何の日なんだろう。わたし、小口(こぐち)唯衣(ゆい)はさっきから自問自答が止まらない。

 今日はわたしたちの高校の卒業式の日で、自分も卒業生であったけれど、どちらかと言えばその後のイベントの方がメインだったのかも?

 その直前の、高校最後のホームルームまでは本当にそれこそ台本どおりの1日が流れていたんだよね。



 問題は……、そのあとの謝恩会になるはずだった時間は本当に驚きと興奮と笑いの時間だった。

 まさか、同じ小学校からずっと高校まで一緒だった松本(まつもと)花菜(かな)ちゃんが、高校2年の時から2年間わたしたちの担任だった長谷川(はせがわ)啓太(けいた)先生と去年の春に結婚していたなんて。

 それも校長先生も公認で、ついには花菜ちゃんがウエディングドレス姿で現れて大暴露なんてインパクトが強すぎる。教室での謝恩会がいつのまにか二人の人前結婚披露宴になっちゃうなんて、誰が予想するかな……。

 あ、でも校長先生とたぶん今日のサプライズを仕掛けた(たちばな)千景(ちかげ)ちゃんは知っていたと思うけど……。



 そんな卒業式というイベントを全部吹き飛ばしたような時間から数時間。みんなの姿もほとんどなくなって、がらんとした廊下を部室から教室に戻る。

 もう誰もいないと思っていたのに、窓際にひとりだけ残っている男子がいた。

「内田くん?」

「小口か。忘れ物か?」

「ううん。部室に起きっぱなしだった荷物を取りにいってたの」

「そっか」

 わたしは、窓から外を見ている彼の横に移動する。

「やっぱり、さっきのはショックだった?」

 花菜ちゃんと同じで、同じ小学校だった内田(うちだ)翔琉(かける)くん。中学のときは引越しで別になってしまったけど、高校で同じ学校になったときには驚いたっけ。

 謝恩会の準備をしていたとき、クラスのみんなから最後だとけしかけられて花菜ちゃんに告白したけれど、その直後にまさかの発表があったから、ちょっとあれは気の毒だと思っていたんだ。

「どっちかと言えば逆にスッキリした。あんな中で松本に無理に言わせるのも可哀想だしな」

「優しいね。そういうとこ、昔から変わってない」

「小口こそ、よかったな。松本からブーケ貰えて。くじ運強いじゃん」

「あれね、違うの。花菜ちゃんは、わたしに渡すって決めてくれていたんだよ」

「え? そうだったん?」

 そう、教室ではブーケトスをやるには天井が低すぎるからと、花菜ちゃんはリボンを使ったブーケプルズをしてくれた。

 わたしはもちろん、本物の花嫁さんのドレスを見るのはみんな初めてで、そのブーケは幸せのおすそ分けだから、お約束のように教室中の女子が全員参加になった。

 もともと大勢の中に入るのが苦手なわたし。興奮しているみんなの輪に入れなかったとき、花菜ちゃんはわたしを呼び寄せて、他とは別に1本だけ左手に持っていたリボンをさりげなく渡してくれた。

 それがブーケに結ばれていた1本だと花菜ちゃんは最初から分かっていたんだよ。

「それマジか?」

 驚く内田くん。そうだよね、公平にくじ引きだと思っているのに、実はそんな裏があったなんて……。

 わたしも驚いた。でも、わたしにブーケを渡してくれた時に耳元で囁いた言葉で確信したんだよ。

 だって、「内田くんをお願いね」って……。

「松本って、いつもそういうところは抜け目ないよな。昔から」

「うん。小学生の頃の花菜ちゃんはいつも女子の味方だったもん。わたし、いつも花菜ちゃんに泣きついてばっかりだったなぁ」

 小学生の頃の花菜ちゃんは男子も敵わない俊足の持ち主で、わたしみたいな子がからかわれたりすると、すぐに飛んで行って本人を捕まえてきては謝らせることをよくしていたから、みんな花菜ちゃんのいる時には手出しをすることがなかったっけ。

「確かに、俺も松本には何度も捕まったなぁ。でも、そんな松本にも苦手なものがあるってまだ覚えてるのは、たぶん小口と俺と松本本人だけだろうな」

 内田くんは、窓の外を見たまま、懐かしそうに話し始めた。