この上司は常日ごろから幸男をいいようにこき使っていた。


だけど、今回のように電話までかけてきて嫌味を言われるのは幸男だって始めてのことだった。


体中の血が頭に上っていくのがわかる。


そうだ、俺は風が吹くと飛んで行きそうなサラリーマンだ。


いつま経っても給料は安いし、後輩に先をこされているばかりだ。


だけど……だけど、俺は男だ!


「嫌です」


自分でも信じられない言葉が口から出ていた。


「なんだと?」


受話器の向こうで上司の顔が驚きでゆがむのを安易に想像できて、幸男は軽く笑みを見せた。


「お断りします。それから、今日で会社を辞めさせていただきます。デスクのものはすべて処分してください」


スラスラと言葉が出てきた。


上司が受話器の向こうで何か怒鳴っているのが聞こえたが、もう自分には無関係だ。


幸男はそのまま電話を切り、ぼんやりと、一億円の入った袋を見つめていた……。