しとしとと雨は降り続く。

この家のことは嫌いじゃない。

お義母さまも悪い人ではないし、お義父さまも厳しくない。

お祖母さまも優しいし、居心地だって悪くない。

晋太郎さんだっていい人だ。

よい家へ嫁げて、私は果報者なんだと思う。

このまま静かに歳を重ねていければ、きっと幸せな人生だったと人からは言われるのだろう。

毎日変わらずご飯を作り、家事をして、晋太郎さんは勤めに出かけ、居眠りし、奥の部屋で一人桔梗の庭を眺めて……。

夜になって、文台の奥に隠した文を取り出す。

離縁状だ。

離縁状には返礼が必要で、きちんとそれを書いて渡さないと、正式に離縁したと認められない。

それがなければ、私も晋太郎さんも再婚は出来ない。

あの人の静かな横顔が浮かぶ。

好きな人がいるのなら、その方と一緒になりたいと思う。

小唄や御伽草子のように、本当に素敵な恋をしたのならば、忘れられないのは当たり前ではないか。

だから恋などするものではないと、自分に言い聞かせてきた。

叶う恋などないのなら、しなければいい。

悪いのは叶わぬ想いとなるのを知りながら、叶わぬ相手に懸想したあの人だ。

そうでなければ、変な噂を立てられ、そのおかげで格下の家の私なんかと縁談が組まれることもなく、あの人もこんな意に染まぬ結婚をさせられることもなかっただろう。

悪いのは全部晋太郎さんで……。

そうだ。

やっぱりこれは晋太郎さんにとって、意に染まぬ結婚だったんだ。

だとしたら、やはり私に出来ることは、ただ一つ……。

筆を手に取る。

離縁状の返礼など、書いたこともなければ、実際のものを見たこともない。

なんて書けばいいのだろう。

『承知しました』の、一文だけでいいのかな……。