ふたりきりなら、全部、ぜんぶ。




「やっ、やだ……っ、」

「むぎっ、むぎさん!?」


近くで朝日くんの声はする、のに。


「朝日くん、どこ……!?」


音の怖さで、パッと朝日くんのジャージから手を離してしまったせいで、彼がどこにいるのかわからなくて。


「むぎさんっ!」


なぜか朝日くんの声が遠のいている気がする。

多分私を探してあちこち動いているんだと思う。


ピカッ!ゴロゴロ……!


「いやあああ!」

「むぎさん!」


「ううっ……っ、ふっ、」


ふたたび聞こえた大きな音に、今度は完全に力が抜けて。


「っ、ううっ……」


両手で耳を塞いで、その場にへたり込むしかできない。

収まらない雨、響く轟音。


動けない。声が出ない……っ。


あふれる涙もそのままに、ただ震えるしかできなくて。


ふと口をついて出たのは。


「なぎ、さ……」


なぎ、さ……っ。

助けて……っ。


大好きなあの名前だった。

瞬間。



「むぎっ!!」


「なぎ、さ……?」


「ごめんな、遅くなって」


これは夢……?

今目の前に見えるのは汗だくで、切なく歪んだ渚の顔と。

「むぎ……っ」


私を抱きしめる、大好きな声とあたたかい体温。


「なぎ、さ……」

「うん……っ」

「なぎ、さ……っ」


来てくれて、ありがとう。

その声が届いたかどうかはわからなかったけど、


「っ、むぎっ!!」


意識が落ちるその直前。

渚の優しい唇が私にふれた気がして。


私の頬からはまた、涙がこぼれ落ちた。