エマ様が意地悪く、他人を蔑むような人間だったなら、どんなに救われただろうかと考える。
 もしも他人の婚約者を平気で奪える魔性の女だったなら、どんなに憎めただろうかとため息がこぼれる。
 だが、エマ様は美貌に恵まれて、素晴らしい人柄の持ち主だ。 ネヴィル様が惹かれるのは私でもわかる気がする。
 そしてどういうわけかエマ様には、懐かしさと涙があふれるような心の震えを感じてしまう。

 他の殿方や令嬢からはエマ様やネヴィル様をどんな風に見ているのか、それはよくある暇潰しの一つに変わりなく。 私に対してはどこか同情か哀れみのような雰囲気だ。

 だからラウンジだったか、学舎だったか、誰かの噂話で聞こえて来た時もそうだった。

 ネヴィル様がエマ様に愛を告げた、と。
 互いの婚約を自ら破棄に持ち込むのは時間の問題だろう、と。
 この数日、エマ様が学校にいないのは実家の侯爵家に婚約破棄の願いをしに帰ったのだろうという事だった。

 だとしたら、ネヴィル様が婚約破棄の為に帰るのも近いのかもしれない。
 そう思ったら、この穏やかな一日一日が酷く重苦しく思えて来るのだ。

「フロタリア様、ネヴィル様がいらっしゃいましたよ」

 ジャクリンに言われて中庭の端に目を向けると、ネヴィル様が連れを伴って歩いて来る姿が見える。

 私はこの場から逃げ出したい衝動を必死に抑える為に、掌に爪を強く押し当てた。