「ん……何だったかしら、よく覚えていないわ。 酷く嫌な夢だったような気がするのよね」

「そうでしょうね、私を既婚者のように言うんですから」

 バターの香りのサクサク生地は私の大のお気に入り。
 本当は何個でも食べたい。 なのに侍女が朝は控えめに、と言うから一個だけで我慢。

「あら、だって先月結婚したじゃないの」

「だから、それが夢だったのではないですか?」

「あ……そうだったかしら」

「全く、お嬢様が夢との区別もつかないほど遅くまで読書ばかりなさるからですよ」

「だって本は楽しいわよ? 色んな世界が見れるのだもの」

「私にはさっぱりです」

 侍女には恋人がいて、結婚間近の予定。
 ただ、女癖が悪くていつも謝る男なのが困り者。 働き者の庭師なのは良い事なのに。

「ねぇ、そういえば……なんだか身体が痛いわ」

「大丈夫ですか? 三日後には寄宿学校に入るのですよ?」

「ネヴィル様に早くお会いしたいわ」

「でしたらもっと早く起きましょうね、お嬢様。 あちらでは起こして下さる方はいらっしゃらないのですから」

「それは大丈夫よ。 ジャクリンが起こしてくれるわ」

「その方はお友達ですか? 聞いた事がございませんが」

「あら……変ね。 誰だったかしら」