【完】鵠ノ夜[上]




「突然押し掛けてごめん。

……別に怒ってるとかそんなんじゃなくて、ただあんな別れ方したからちゃんと顔見て話したかっただけ。もう吹っ切れてるし」



「………」



「あの時は言えなかったけど。

……結婚と。あと、出産。おめでと」



たくさん考えたんだと思う。

彼女に会ったら何から言うべきだろうってたくさん考えて、その中で雪深が出した答えがこれだ。シンプルに感情を伝えるだけのもの。とても雪深らしい。



「……でも、俺と別れて後悔したってちょっとは罪悪感感じといてよ」



冗談交じりにそう言う雪深。

本気で引きずってるようには見えないから、ほっとする。強がりでもなんでもなく、雪深の本心。……きっと彼女は、言われなくても後悔してるだろうけど。



雪深と出会ってから一ヶ月。

まだ知らないことも山ほどある。過去の彼の様子も知らない。……だけど。わたしが知ってるどんな時よりも、清々しい顔をしてる。




「あのとき……一瞬の気の迷いだった、の。

周りがどんどん結婚していって、ユキが年下ってこともあったから、焦ってた。……そのときに今の旦那と、気の迷いで」



「うん。……もういいよ。

俺がまだガキだったってだけじゃん」



「……妊娠してる、ってなったとき。

ユキの子どもならよかったのに、って思ったのは嘘じゃない」



雪深が、小さく息を呑んだ。それから迷うように視線を動かして、結局うまく言葉を見つけられなかったのか「そっか」とだけ口にする。

……たとえばそれが雪深の子どもだったら、と、その可能性を考えて。関係者でもないのに得体の知れない焦燥感が胸を撫でる。わたしが安堵するなんて、おかしな話。



「ああやって突き放したけど心配してたから。

……そんな顔で笑えるようになってくれてよかった」



「、」



「あたしが一緒にいた時より、しあわせそうな顔してる」