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「お。いらっしゃい、雪ちゃん」
「和璃さん、その呼び方やめてください。
俺の名前は雪じゃなくて雪深です」
「うん、知ってるよ」
にっこり。優しいスマイルで迎えてくれるのは美容室のオーナー、和璃さん。
関東に来てすぐの頃に小豆さんから教えてもらった美容室で、前回来た時かなり親しくなったこともあって、二回目だっていうのにフレンドリーだ。
黒染めしたときは違和感しかなかったというのに、すっかり見慣れた自分の黒髪を鏡越しに見る。
俺が髪を染めていたことを知っていたお嬢は、これまたどこから入手したのか「その頃の写真を見たことがある」らしい。
「雨麗ちゃん、元気にしてる?」
隣に当時の元カノが写っている写真を見たらしいけど、本気でどうやって入手したんだか。
俺の両親が俺のそんな写真を持ってるはずもねえし、あの人と付き合ってた頃の写真は、関東に出る時すべて捨ててきたはずだ。といっても、ほとんどがプリントしていないものだったから、データを削除しただけ。
「元気、ですよ。
……和璃さん、お嬢と仲良いんでしたっけ」
「雨麗ちゃんも美容室はうち来てくれてるからねー。
最近全然来ないから、店変えちゃったかなって思ってたんだけど」
「……そんなことないと思いますよ?
帰ったら、お嬢に聞いときます」
忙しそうなの?と尋ねられて、一瞬悩む。
小豆さんは、お嬢のことを常に忙しい人だと前に言っていたけど。お嬢がそうやって仕事をしているところどころか、学校の課題をやっているところすらも俺は見たことがない。
もちろん部屋でやってるんだろうけど、お嬢はそういう部分を人に見せたりしないから。
それ以上に俺らとの時間をつくってくれて、気にかけてくれて。……出会った頃の俺等のことを考えたら、相当心身に疲労を与えていたような気がする。
「それより俺は、小豆さんの方がいつ美容室に来てるのか謎ですよ。
たまに有給を取ってるのは知ってますけど、いろんなところに行かなきゃいけないって言ってましたし」
「はは、あいつはいつも忙しそうに動き回ってるよね。
あいつが雨麗ちゃんに仕えたの、今年からだって知ってた?」



