その優秀さを称えるまわりに感化されるように。
芙夏のお兄さんは頑張りすぎて、一度悪に染まってしまえばもう、後戻りすることができなかった。期待だなんて綺麗な言葉で纏めたって、言い方を変えれば圧力だ。
「後で聞いた話だとお兄ちゃん、結構長い期間ドラッグやってたらしいんだ。……でも、ずっと一緒にいたぼくが気づかないぐらい、表ではいつも通りだった。
結婚する予定だった彼女さんに家のことを話したら逃げられたっていうのも、大きな負担だったんじゃないかって、お兄ちゃんが通ってたらしい精神科の先生は言ってて」
精神科医の元に通っていても尚、悪に染まりきった最期。
救うよりも崩す方が容易いことは、子どもでもわかる。時間をかけてつくりあげた積み木の城は、軽く押しただけで消え去ってしまうのだから。
「それを聞いて、ぼくは特別な女の子なんてつくらなくていいんじゃないかって思っちゃったんだよ。
……家を継ぐって決めたのも、ね。お兄ちゃんの負担となったものを、たとえ亡くなった後でも僕は継いであげれば、少しはお兄ちゃんが楽に休めるんじゃないかと思って」
そう考えた自分のことを、芙夏は自分勝手だって言う。
反発を繰り返してきたくせに、たった半日一緒に過ごしただけで「好き」と言い換えた俺よりも。誰よりも、自分勝手なんだと。そうでも思わないと、芙夏は救われない。
「この話、実はレイちゃんに話したことあるの。
そしたらね、レイちゃん言ってたんだよ。『芙夏がお兄さんの傷に気づいてあげられなかったのが悪いんじゃない。お兄さんが、芙夏に言えなかったのが悪かったのよ』って」
レイの言葉には、不思議な力がある。
自然とそう思わせてくれるような、冷たい物言いでも、そこはかとない温かみを感じる。
「それを聞いて、そんなわけないって思った。
お兄ちゃんは何も悪くなかったのに、って。でもね」
『でも芙夏のお兄さんが全て悪いってわけじゃない。
芙夏のお兄さんにとっては、そうすることが自分にとって”正義”で。──兄としての、プライドだったんだろうって思うから』
ああ、そう……か。
レイの考え方は、どれだけ冷たくとも、人を切り捨てない方法だ。善悪で判断しない。誰のことも、善として判断する。誰かを悪いとは、決して決めつけない。
だから温かみがある。
でも、裏返せばひどく怖い考え方だと思う。
「『お兄さんも芙夏も悪くない。
だから芙夏が思ったことに、正しさも誤ちもない。好きにしていいのよ』って言われて、ぼく泣いちゃったんだよね」
もし、レイが誰かを"切り捨てたい"と望んだなら。
ほんの僅かな希望の光さえ与えないほど、絶望に落とすことができる。そこに突き落とせば這い上がることが出来ないと分かっていて、躊躇うことなく落とせるから。
上に立つ人間として、持つべき能力。
それを、高校生になって間もないひとりの少女が、当たり前のように兼ね備えている。その事実が、どうしようもないほどに怖いと思った。



