ふっと笑みを深め、視線だけでまわりを確認して顔を近づける。

それを了承と取ったのか、さらに縮む距離。遠目から見ればどう見たってキスしてるように見えるだろう格好で。



触れる寸前に、人差し指で彼のくちびるを制した。



「だから誘ってくる男には、応えないわ」



「……ここまで近づかせておいて、つれないね」



身を引いて、距離を取る。

それから淡く絡まる指を、そっと離した。恋人の色香は一瞬で揺らめく陽炎のように姿を消して、そこに残るのは、無機質に色を失った空間だけ。



「……あなたも好きに本を探してくれて構わないわよ。

大体決められたら、あとで集合しましょう」



わかった、と短く答えた彼は別の文庫本が並ぶ本棚の裏に消えてしまい、つい先程までのぬくもりが、失われたような気がした。

一度手に取った本を元の場所に戻し、彼が来ないのを確認してから店の端へと移動する。




バッグに入れてあったスマホを取り出して、見慣れた名前をコール。

電話はわずか3コール目で、相手へと繋いだ。



『……お前から電話してくんの、めずらしいな』



「……いつもわたしから掛けてるじゃない」



『そうだったか?

……んで、なんだ。お前が用件もなしに連絡してくるなんてありえねえだろ。俺になんか頼みでもあんのか?』



素っ気ないな、と思う。

これでも一応わたしたちには"恋人"という関係がついて回るのだから、どうにも世間なんて信用ならない。一般論なんて、とっくに忘れた。



「……デート中なの、わたし。

もちろん相手は、友だちじゃなくて男だけど」



『……それをわざわざ俺に連絡してくる理由は?

別れたいって言うなら、別れてやるけど』