【完】鵠ノ夜[上]




付き合っていた彼女は、結婚を断ったら、すべて過去の気持ちも清算できたっていうのか。

家のことを知らないうちは、幸せそうに笑いあってる恋人同士で。……知った途端、家を捨てると言われても、結局捨てたのは恋人の方。



『優しくて大好きだった兄。

……そこにも結局は残酷な真実が隠れているのに、あの子が知っているのは優しい嘘ばかりよ。わたしの言いたいこと分かる?』



「………」



『あなたが今まわりの人間に、どれだけ実子ではないだとか、妹さんを継がせるべきだとか言われても……

あなたがその実力を手にした時には、過去の些細な愚痴程度になるのよ。いらないものは隠してしまえばいいの』



「……噂以上の人間になれと」



『あなたはそのままでいい。

……壱方柊季を最高の跡継ぎにするのは、わたしよ。他の誰でもなくわたしが、あなたを変えてあげるから』



……ばかじゃねーの。

俺がわかってねーところはわかってんのに、なんでこういうわかりやすいところは理解してねーんだよ。俺が単純なの知ってんだろうが。





「変えなくてもいいっての」



『、』



「……俺が自分で変わってやる」



ほかのヤツには見せなかったが、あの日記部分になっていたページの、まっさらなリフィルの後ろに、一枚だけ文字の書いたものが挟まれていた。

『仲良くなる方法』なんて、箇条書きに彼女らしくないことが書かれていて、思わず笑った。



「だから。

……もし俺が道を外したら、そのときは、」



『わたしが正しい方へ導いてあげる』



迷いのない声に、口角が上がる。

薄らとかかっていた雲が切れたのか、窓の外はさっきよりも明るさを増して。どちらともない「おやすみ」の言葉で、電話は終了した。