付き合っていた彼女は、結婚を断ったら、すべて過去の気持ちも清算できたっていうのか。
家のことを知らないうちは、幸せそうに笑いあってる恋人同士で。……知った途端、家を捨てると言われても、結局捨てたのは恋人の方。
『優しくて大好きだった兄。
……そこにも結局は残酷な真実が隠れているのに、あの子が知っているのは優しい嘘ばかりよ。わたしの言いたいこと分かる?』
「………」
『あなたが今まわりの人間に、どれだけ実子ではないだとか、妹さんを継がせるべきだとか言われても……
あなたがその実力を手にした時には、過去の些細な愚痴程度になるのよ。いらないものは隠してしまえばいいの』
「……噂以上の人間になれと」
『あなたはそのままでいい。
……壱方柊季を最高の跡継ぎにするのは、わたしよ。他の誰でもなくわたしが、あなたを変えてあげるから』
……ばかじゃねーの。
俺がわかってねーところはわかってんのに、なんでこういうわかりやすいところは理解してねーんだよ。俺が単純なの知ってんだろうが。
「変えなくてもいいっての」
『、』
「……俺が自分で変わってやる」
ほかのヤツには見せなかったが、あの日記部分になっていたページの、まっさらなリフィルの後ろに、一枚だけ文字の書いたものが挟まれていた。
『仲良くなる方法』なんて、箇条書きに彼女らしくないことが書かれていて、思わず笑った。
「だから。
……もし俺が道を外したら、そのときは、」
『わたしが正しい方へ導いてあげる』
迷いのない声に、口角が上がる。
薄らとかかっていた雲が切れたのか、窓の外はさっきよりも明るさを増して。どちらともない「おやすみ」の言葉で、電話は終了した。



