【完】鵠ノ夜[上]




「いっそ、俺とかにします?

雨麗様は無事に跡継ぎを見つけられますし、俺に彼女も出来ますけど」



「一人称。

余計なこと言ったら給料差し引くわよ」



「冗談の通じないお方ですね」



「あなたと冗談を言い合ってる暇はないの」



はあ、とわざとらしいため息を落としてから、ブレザーに腕を通す。

小豆も小豆で、口に出したくせにそれっきり何も言わない。いつもと変わらない日常にどことなく安堵しつつも、スマホからぶら下がるクマのキーホルダーに、心が揺れた。



「……捨てたくても捨てられないものって、どうすればいいのかしらね」



見た目は普通の、クマのぬいぐるみのキーホルダー。

スマホにつけるにしてはあまりにも大きくて、「すげー重そう。手首痛めそう」と柊季に嫌そうな顔をされた記憶がある。スマホとサイズそう変わらないし。




くれたのは当然というか、憩で。

彼がニューヨークに一週間出張に行った時のお土産なのだ。初めは子ども扱いしてるのか、とか、ふざけてるのかと思ったのも事実。



だけど実はこのクマ、有名なジュエリーショップが販売している商品のひとつで。

クマの首にペンダントのようにぶら下がっている宝石は、四月の誕生石ダイヤモンド。しかもクマのお腹のところに『Urei』と入っているソレは、そこそこ値の張る高級品なのだ。



おかげで別れた今もつけたまま。

もらったのは中学の入学祝いだったから、三年程当たり前のようにそばにあるそれを外す気にもなれなくて困る。高級品だから余計に捨てられない。



おそらくクマ自体に大して値は付かないが、首のダイヤモンドが本物なだけに易々手放せなかったりする。

指輪の内側に埋め込まれるようなものじゃなくて、そこそこ粒が大きめで。



今思えば、中学生に与えていいようなものじゃないと思う。

肌身離さず持っていられるよう、スマホに付けてるけど。



「結論が捨てたい、であるのなら、後のことは考えずに潔く捨ててしまえばどうですか?」



「あなたって本当に乙女心のわからない男ね」