「お姉様は刺繍の方がお得意でしょうに」

「レース編みも上手になりたいのよ。 貴方もお母様にちゃんと教わるといいわ」

「私は眺める方が楽しいのですもの」

「だったら花を愛でなさいな。 心が落ち着くわよ」

「お姉様が眺めているのを見るのは好きです」

「ロージーは本当に子供なのね」

 居間のソファーに母娘で並んで座るのはきっとこれが最後。
 それがわかっているから私はお母様と娘を味わいたかったのだ。 そしてお母様もそう思っているはず。

 昼をようやく過ぎた頃、居間にお父様と揃って姿を見せたお母様の目は赤かった。
 おそらくお父様に聞かされたのだろう。
 そして泣いたのだ。 悲しみなのか、喜びなのか、それはわからない。

「ねぇ、リリィ。 覚えているかしら? 昔、貴方が熱を出して寝込んだ時の事」

 懐かしむように話すお母様の声は心なしか震えている。 それをごまかしたくて、努めて明るい表情を見せるのが痛々しく感じられる。

「もちろんです、お母様。 私が八歳でした。 なかなか熱が下がらなくて心配掛けましたね」

「あの時、大変だったのよね。 ロージーがお姉様の側にいると言って聞かなくて」

「あら、そうでした?」

 無邪気に笑う顔は今はもう年頃の令嬢のはずなのに。

 ロージーは当時まだ六歳で、いつも姉の私と一緒に寝たがった。
 なのにあの時は、風邪が移るといけないからと部屋を離されたのだ。 それを嫌がったロージーが泣いて喚いて大騒ぎ。
 それだけではない。 どうして自分は姉のように熱が出ないのか、と私と違う事にとてもショックを受けていたのだ。

 ロージーは向かいのソファーで私達を楽しそうに眺めている。
 これから起きる事、知る事など想像すらしていないだろう。

 と、そこへ執事……。

「お客様がいらっしゃいました」