「か、海里」

「何で俺を助けた? 俺に、感謝でもされたかったか? 俺、一年半前から、母さんに何のお礼もいってなかったもんな! それでたまには感謝されたいと思ったんだろ!」 

「ち、違うわ! 愛してたから、海里を助けたの!」

「ふざけんな!! 愛してなんかないだろ! 本当に愛してたら、俺は今病院にいんじゃねぇのかよ!!」
 母さんが俺を本当に愛してたら、ダイニングのソファでは目覚める訳がない。

 反吐が出る。
 ずっと母さんからの愛を求めてた自分が馬鹿みたいだ。

 俺は母さんの肩を勢いよく押した。母さんが思わず床に尻餅をつく。

「かっ、海里」

「そんなに感謝して欲しいなら、感謝してやるよ!……ありがとう。母さんが助けてくれたおかげで、俺はこれから自殺できる。そのことだけは、本当に感謝してるよ」

「え? 海里、本気で言ってるの?」
 とても慌てた様子で、母さんは立ち上がる。

「本気だよ。俺は自殺する」

 そう言うと、俺は駆け足で自分の部屋に行った。

 ハンガーにかけてあったジャンバーを着てから、階段を降りてダイニングに行く。
 ダイニングでは、父さんがテーブルの上に顔を突っ伏して死んだように眠っていた。

 父さんの顔の横には、母さんと父さんが共有してる名詞のファイルが置かれていた。

 このファイル、さっきはここになかったよな? 
 父さんが使ったのか?

 はあ。俺はバカだな。

 名詞入れが共有な時点で、父さんが母さんを好きなのなんて、わかりきっていたのに。
 俺はこれが共有なのをずっと気にもとめていなった。
 水商売をしている母さんは名詞をもらうことが多いけど、反対にニートをしている父さんは名詞をもらうことが極端に少ないから、わざわざ分ける必要がないのかと思っていた。

 俺はファイルをあさり、闇金会社の名詞をダメもとで探した。それがあれば、父さんに復讐ができるんじゃないかと思って。

 あった。

 ファイルの中に一つだけ、黒い背景に白字で会社名と名前が書かれた名詞があった。
 他の名詞は全部白い背景に黒字で文字が書かれているし、銀行名が書かれているのもこれしかないから、これで間違い無いだろう。
 俺はその名詞の裏表の写真をスマフォで撮ると、ファイルを閉じて元の場所に戻した。

 スマフォとぬいぐるみをポケットに入れて玄関に行くと、そこには母さんがいた。

「海里、生きて。生きて私と、幸せになろう?」
 母さんは涙を流しながら、俺の腕を掴んだ。
 その涙はあまりに綺麗で、まるで俺がいなくなるのを心の底から悲しんでいるかのように見えた。