愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様


 暗くて、星が舞う夜空よりもはるかに光がない。まるでこの世の全てに絶望したとでも言いたげな目。

 その目は、虐待をされていた時の俺とは比べ物にならないほど暗くて、まるで、常軌を逸した化け物のようだった。

「あの、零次は、虐待をされてる時に、喋ったことがありますか?」
「悲鳴やうめき声なら、毎回あげてたぞ」
「そういう自然と出るものじゃなくて、虐待をされてる時に、やめてとか、そういう自分の気持ちを言ったことがありますか?」
「いや、ねえな。記憶の限りでは。おい、これは一体なんのための質問だ?」
「……言いません。教えません、あんたにだけは、絶対」

 あいつは、俺の神様なんかじゃなかった。
 あいつは、人形だったんだ。
 だってあいつは、俺よりも自分の意思がなかった。
 俺は人形になれなかった、自分の意思を殺すことだけは、どうしてもできなかった。
 でもあいつは違う。自分の意思を殺していた。
 だってホースを奪い取ろうとしないだけならまだしも、ホーズをズボンの中に入れられて身体を甚振られるのをただただ見ているだけなんて。ホースを入れられた時に、声もあげないなんて。そんな奴が人形じゃなかったら、一体なんなんだ。そんな奴のどこを見たら、『自分の意思を殺してない』って言えるんだよ。

 多分あいつが人形じゃなくなったのは、高一になって、束の間の自由を手に入れた時。

 その時からきっと徐々に父親に反抗したいって気持ちが現れて、あいつは人形じゃなくなった。あいつは人形じゃなくなったから、父親に逆らって動画を警察に渡すことができたんだ。

 でも、それなのにあいつは死を選んだ。
 あいつがそうしたのは、多分、俺と同じ理由だ。
 あいつは人形じゃなくなることはできたけど、でも、それだけだった。自分の意思を完全に尊重できなかったんだ。
 俺も、そうだった。

 俺は零次に散々自分を大切にしろって言われたのに、父親に反抗し続けることができなかった。俺がそうなったのは、虐待を受けた身体が痛かったも理由のうちの一つだけど、一番は俺の心の問題だ。
 自分を大切にしたいって想いより、親への恐怖心の方が強くなってしまっていたから、俺は自分を大切にできなかった。親に反抗し続けられなかった。
 零次もきっとそうだ。
 自分を大切にしたいって気持ちより、親への恐怖心の方が強くなってしまったから、あいつは身投げをしたんだ。