車の中は俺の牢獄だった。狭くて、暖房も冷房も父さんが車を使う時しかつけてもらえない。夏は冷房がついてなければ窓を全開にしないと熱中症になるほど暑くて、冬は暖房がないと毎日風邪をひきそうになるくらい寒い。どうしようもなく怖い独房だった。
俺はその独房の窓越しから、父さんが金の催促をするのを毎日のように見た。
おかまみたいな見た目で自信に溢れていそうなのに、父さんの前では土下座をする人。
髪がぼさぼさでだらしがない見た目をしていて、父さんを雑にあしらう人。
真面目なサラリーマンのなりをしているのに、父さんの前では涙ながらに許しを請う人など、金の催促をされる人は見た目も、催促された時の反応も千差万別だった。
父さんが怒鳴るのを怖いと思っていた俺はその人達が責められる現場を見るのが、正直あまり好きではなかった。
たぶん父さんはそのことに気づいていたのに、敢えて俺を車の中で育てようとした。
怒鳴ってる自分を日常的に見せて、警察に通報したらお前もこういうことをされるんだぞって、俺に伝えようとしていたんだ。
そんな風になってから一か月が過ぎたある日、俺は父さんから金を借りた人が桜の木に縄をくくりつけて、首をつって死んでいるのを目にした。
俺はそれを見て、また吐き気に襲われた。
俺はその日、人が死ぬのを見るのも、人が死ぬのを想像するのも怖くなった。
実際に人が死んだ時はもちろんのことだが、ドラマや動画とかで死んだ人を見ても吐くようになった。
人が死ぬということを、身体が一切受け付けなくなった。
それから二年が過ぎたある日、俺は父さんに『中学を卒業したらお前が暮らすためのマンションを一部屋買ってやるし、高校にもちゃんと通わせてやるから、その代わり井島海里という少年が手酷い虐待をされてる動画を撮影しろ』と言われた。
車で生活するのにうんざりしてた俺は、それに迷いなく応じて、そのためだけに、お前と同じ高校を受験した。
「じゃあ零次は俺に接触するために同じ高校に来たのか?」
戸惑いながら俺が発したその言葉に、零次は迷いなく頷いた。
零次の父親から聞いてたから頷くとは思っていたけど、それでも正直かなり戸惑った。
零次が闇金の子供だなんて、考えもしなかったから。



