深くは考えなかった。思い立ったままにベッドを降り、音を立てないようにと神経を注ぎ、部屋のドアを開ける。

シンと静まり返った家の中に、通常よりやや心拍数のあがった私の呼吸が響く。




ドアは、神経を注いだら無音で閉められるらしい。


初めて綺と会った夜、きみが言っていた。あの時はわからなかった感覚を今、身を以て知ることになった。部屋のドアが音を立てることなく閉まり、謎の達成感があった。



2LDKのマンション。部屋を出て、リビングに向かった。


私は早朝に何をしているのか。まるで泥棒みたいで、自分の家の中を動いているだけなのに少しだけ背徳感があった。



とある一点──テレビ台の横に並列するラックに収納された引き出しの、3段目。




『リビングの、引き出しのとこに入れておくからね』




母の声が鮮明だった。1年以上、私がその引き出しを開けたことはなかった。近寄ることすらしたことはない。


基本的に部屋にこもっているから当然と言えば当然のことであるが、月に一度、わざとらしく母に報告されるたびに胸のあたりがざわつくのだ。