ふと、薫がその名前を呼んだ。粗雑に自身の頬を拭った彼女は、霧島くんに向き直る。
「これ、遥香のなんだけど……霧島にも読んで欲しい」
薫が差し出したのは、あのメモ帳だった。
おずおずとそれを受け取った霧島くんが、逡巡するように私のお父さんとお母さんの方を見る。
「『霧島くん』って、あなただったの……」
途端、お母さんが顔をしかめて涙を流した。
え、と喉から声を漏らした霧島くんに、お母さんは嗚咽を噛み殺しながら言う。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
「あの、」
「それは、あなたに持っていて欲しいの。ごめんね、私が最初に読んでしまったんだけど……」
メモ帳を掴む彼の手に、お母さんの手が上から重なった。
「遥香と話してくれて、ありがとうね」
そして、お父さんとお母さん、お姉ちゃんは、「また来るよ」と私に告げて、丘を下っていった。
近江くんも雫も薫も、遅れるようにして、歩き始めた。
霧島くんは一人、メモ帳を開いたまま、「私」の前で立ち尽くしていた。



