この夏、やり残した10のこと



ふと、薫がその名前を呼んだ。粗雑に自身の頬を拭った彼女は、霧島くんに向き直る。


「これ、遥香のなんだけど……霧島にも読んで欲しい」


薫が差し出したのは、あのメモ帳だった。
おずおずとそれを受け取った霧島くんが、逡巡するように私のお父さんとお母さんの方を見る。


「『霧島くん』って、あなただったの……」


途端、お母さんが顔をしかめて涙を流した。
え、と喉から声を漏らした霧島くんに、お母さんは嗚咽を噛み殺しながら言う。


「ありがとう……本当に、ありがとう……」

「あの、」

「それは、あなたに持っていて欲しいの。ごめんね、私が最初に読んでしまったんだけど……」


メモ帳を掴む彼の手に、お母さんの手が上から重なった。


「遥香と話してくれて、ありがとうね」


そして、お父さんとお母さん、お姉ちゃんは、「また来るよ」と私に告げて、丘を下っていった。
近江くんも雫も薫も、遅れるようにして、歩き始めた。

霧島くんは一人、メモ帳を開いたまま、「私」の前で立ち尽くしていた。