「……あの。そのメモ帳、やっぱり、少しだけお借りできませんか」


制服のスカートを力一杯握って、薫が口を開く。


「夏の間だけ……終わったら、すぐにお返しします。なので、遥香がやりたかったこと、全部、私が叶えます」


その瞳は、泣いていなかった。真っ直ぐ顔を上げた彼女はいっそ凛々しくて、頼もしい。


「こんなの、私の自己満足かもしれないですけど……でも私も、遥香ともっとこういうこと、したかっ――」


水滴が、病室の床に落ちる。お母さんの、涙だった。


「うん。……うん、ありがとう。ありがとうね……」


お母さんは、悲しかったんじゃない。私のことをこんなに大切にしてくれる人がいることに、嬉しくて泣いたのだと思う。
だって、私もそうだよ。死んでしまったら感情も失ってしまうのかなって思っていた。でも、いま、嬉しくて涙が止まらないの。

丁寧に、薫がメモ帳を両手で受け取って、ぎゅっと唇を噛む。次の瞬間には、いつもみたいに親し気な笑顔を浮かべて。


「一緒に楽しもうね、遥香」


メモ帳を愛おしそうに指でなぞりながら、そう言った。