「……これ、」


お母さんが病室の片付けをしている時だった。いつも通り、私のお見舞いにやって来る時のように現れた薫が、一冊のメモ帳を差し出して、眉根を寄せる。


「遥香が亡くなる直前まで、書いていたものだと思います。脇に落ちてて……咄嗟に拾ったんですけど、今まで持ってました。すみません」


お返しします、と頭を下げた彼女に、お母さんは一瞬黙り込んだ。それからゆっくりと手を伸ばしてそれを受け取ると、ページをめくりだす。
恥ずかしいからあんまりまじまじと見られたくないのだけれど、そういうわけにもいかなさそうだ。


「薫ちゃんは、これ、見た?」

「……はい。ごめんなさい」


いいのよ、とお母さんが緩く首を振って微笑む。その指先が表紙をなぞった。


「遥香も、分かってたのかしらね。自分が生きられるのは、どれくらいかって」


もちろん正確に予測できていたわけじゃないけれど、何となく、来年の桜は見られない気がしていた。窓の外の桜を見た時、そう思った。
だから私は、残りの時間、やりたいことをきちんと遂げようと決めたのだ。


『この夏、やりたいこと』