21:30、今日も大矢さんがわたしの家へ来た。
今までと違うのは、いつもより何十倍も2人を取り巻く空気が重いということ。

これがあなたとわたしが回避できなかった結末だよ。

「…朝日」
正座した大矢さんはわたしに話し始める。
聞きたくなかった言葉が次から次へと耳の中に入ってくる。
当たり前の言葉たちが、平然と出てきた。
どうして、もっともっと早く気づけなかったのか。
気づくことが出来なかったの?大さん。
「…俺は産むことは進められへん。まだ23歳やで、お前。まだやり直せる」
「……」
「もし産んだとして、誰がお前とその子を守ってあげられるん?朝日のお父さんとお母さんが助けてくれるかもしれないけど、じゃあ、2人がいなくなったとき、誰が朝日を支えてあげるん?」
他人事のようだった。
「俺は離婚することを奥さんと、お互いの家族と話し合ったけど…。毎月、養育費は10万くらいは払わなあかんくなるねんで…。考え直せない?」
こうなる前に、なんで想像できなかったんだろう。
どうして、最悪の結末を理解することが出来なかったんやろう。
そこまで考えられる人が、どうして、バカな道を選んでしまうんだろう。
「…わたしは…産んであげたい…」
本当は、言いたかった言葉があったが、言えなかった言葉。

今時、シングルマザーなんていくらでもいる。
離婚してる家族だって、知らないだけでたくさんいる。
親が2人ともいるからって、幸せじゃなかったわたしにとって、1人や2人いようがどうだっていい。
お父さんかお母さんがわたしを、この子を溢れるほどの愛情で満たしてくれるんだったら、それだけでいい。
不倫は許されないかもしれないけど、生まれてくるこの子に罪はない。
大好きな大さんとの子だから、わたしは産みたい。
認知してくれなくて良い。
毎月の養育費をくださいなんて言わない。
ただ、出産費だけは出してほしい。
お願いします。
必ず返すから。
絶対に大さんに迷惑かけない。
だからお願い。お願いします。
この子を愛したいから…お金をください。


この頃のわたしは1人暮らしをしていたが、転職したばかりで貯金が底をついていた。
残りある貯蓄の中から、出産費すらも出すことが出来ないくらいお金にも困っていた。
わたしにお金があれば。
大矢さんに相談することもなく、産む選択をしていたと思う。
かかる費用が未知数で、しかし、大量の費用がいることだけは分かっていた。