「これ、すごくいいんだ。温度をずっと一定に保ってくれるから、発酵させたいときに便利」
数ヶ月ぶりに会っても、純也は何も変わらなかった。
浮気や心が離れる心配がない安心と同時に、それは私を深く絶望させた。
「……ふたり分だよね?」
ホームパーティーができるくらい、テーブルには隙間なくお皿が並んでいた。
「唯衣が来るって思ったらテンション上がっちゃって、つい作り過ぎた」
「これ、皇帝が食べる料理だよ」
「俺は皇帝なんかのために料理しない」
料理だけでなく、時間と距離を埋めるようなキスもたくさんくれた。
付き合い始めた頃と何も変わらない、幸せで幸せで、息が苦しいくらいだった。
ずっと一緒にいたい、と言うと、俺も、と答えてくれる。
言葉も体温もすべてが、偽りのない愛情に満ちていた。
それでも一晩一緒にいると、純也は摘み取られた花のように疲れていった。
離れるのは寂しいという気持ちは本当でも、身体はひとりを望んでいる。
自分の空間に自分以外の生活が入ると、ストレスになるのだ。
だから私は、歯ブラシ一本、純也の部屋に置いたことがない。
約束もなしに突然訪ねたこともない。
新幹線がトンネルに入ると、浮かない顔の自分と目が合った。
「ずっと一緒にいる」とは、どういうことだろうかと考えていた。
幼い頃は、いつかは好きな人と結婚して子どもができると思っていた。
純也と出会って、その相手が純也ならいいと思うようになった。
もう、子どもは無理に欲しいとは思わない。
結婚という形式にもこだわらない。
ただ、純也のそばにいたい。
けれど純也は、十年後も二十年後も三十年後も、ひとりでキッチンに立っているひとだ。
もし、もっと遠く離れて、一年に一度しか会えなくなっても、それは「一緒にいる」と言えるのだろうか。
車窓から、よく行くショッピングモールが見えた。
あそこから北に行くと、私の住むアパートがある。
ここから車で五時間、新幹線だと三時間。
純也は、もっとずっと遠いところにいる。
長い長いブレーキ音がして、新幹線がゆっくりと止まった。