ふたりぼっちの孤城

この書面は本物だが、まず御当主様が直々にオファーしたのではなく私の独断だ。

御当主様からの正式な書面には必ず直筆のサインが書かれている。これにはそれがない。

そして好条件なことには裏がある。

この家の子女は典型的なわがままお嬢様だ。

今まで何人もの家庭教師を辞めさせている。

父親も娘には甘く、彼女が少しでも嫌がる度に解雇していたので気付いた時には誰も彼女の家庭教師を希望しなくなったのだ。

だから三大派閥の一つである有栖川家よりも好条件を提示している。

そんなことも知らないような奴が彼女を立派に教育できるわけがない。

お金であっさり乗り換えるなんてもってのほかだ。

私だったら大金を払ってでも彼女のお傍にいさせていただくのに。

寧ろ彼女の傍以外なんて考えられないのに。

こうして家庭教師を追い出した私は嬉々として彼女の元へ戻った。


「お嬢様、ただいま戻りました」
「え?なんで山吹だけ?先生は?」
「帰るべき場所に帰しました」


疑問符が頭の上に浮かんでいる彼女の頭をそっと撫でる。

もう怖いことはないと安心させるように。


「大丈夫ですよ、椿お嬢様。怖い怖い先生は追っ払いましたからね」
「おっぱらった・・・?」
「今日から先生に代わって私が貴方に勉強を教えてさせていただきます」
「! やった。山吹ありがと」