僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「紫月さん、煙草、吸わなくていいんですか?」
 車のロックが解除されたところで、俺は聞いた。
「今はいいわ。それより蓮夜、お腹空いてないか? これから東京に戻るから、車の中に結構いることになると思うけど、その前に飯、食わなくていいか?」

「旅館でたくさん食べたので大丈夫です」

「はは、それもそうだな!」
 声を上げて、紫月さんは笑った。

 湯河原の旅館では、信じられない量のご飯を食べた。白米、刺身、すき焼きに、だし巻き卵など、とにかく本当にたくさんのものを食べた。夕食も朝食も昼食も本当に十分すぎる量で、昨日と今日だけで体重が三キロくらい増えたような気がした。

「画材屋、東京にあるんですか?」
「そう。東京の天王洲アイルにある」
 紫月さんは鍵を抜いてから、運転手席のドアを開けた。

 天王洲アイル? そんな地名初めて聞いた。
 助手席のドアを開けて車に乗ったところで、俺は口を開く。

「紫月さんって画材屋、行ったことあるんですか?」
「いやない。そこの画材屋がかなり有名だから知ってるだけ」
 運転手席に座ってから、紫月さんは首を振る。
「なんで有名なんですか?」
「行けばわかる」
 紫月さんがシートベルトを締めて、楽しそうに歯を出して笑う。一体何があるのだろう? 首を傾げながら、俺はシートベルトを締めた。

 画材屋がある天王洲アイル駅には、十六時ごろに着いた。湯河原の服屋から天王洲アイルまで行くには、紫月さんの車で、一時間半ほどかかった。
 紫月さんは駅のそばにある駐車場に車を停めた。紫月さんは車から降りると、また例の如く、煙草を吸い始めた。
 紫月さんが煙草を吸いながら精算機のそばに行く。俺は紫月さんを見ながらシートベルトを外して、ドアを開けた。

「蓮夜」
 駐車券を持った紫月さんが俺のそばに来る。紫月さんは煙草の匂いがつかないように俺から顔を背けながら、手を差し出してくれた。 
「ありがとうございます」
 紫月さんの手を握って、車から降りる。
「ああ。ちょっとあと二分くらい待って」
 俺から顔を背けたままの状態で、紫月さんは言った。

「はい、待ちます」
 俺がそう言うと、紫月さんは手に持っていた携帯灰皿の中に、口に咥えていた煙草を入れた。これからもう一本吸うのだろうか。

 紫月さんは灰皿の蓋を閉めてから、灰皿を俺に渡した。紫月さんが俺から離れて、パーカーのポケットから二本目の煙草とライターを取り出す。紫月さんが口咥えている煙草にライターで火をつけて、息を吐く。紫月さんの周りが、煙草の煙で真っ白くなった。

 煙草が吸えないくらい短くなったところで、紫月さんは咥えるのをやめた。紫月さんに近づいて、灰皿を渡す。紫月さんは俺に礼を言ってから、灰皿を受け取って、その中に煙草を入れた。