僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 バラバラと、自分の価値観が壊れていくような気がした。

 姉ちゃんが怒ったら虐待が悪化するからと、俺はいつも姉ちゃんの機嫌を伺ってばかりだった。でもそんなことは、しなくてもよかったのだろうか?
 
 我儘になったらダメだって、感情を抑制しないと痛い目を見るのは自分だと思って、ずっと無理矢理自分の感情を押し殺してきた。そうするのが自分のためにも、姉ちゃんのためにもなるって、ずっとそう思っていた。でも、そうじゃないのかもしれない。俺が我慢をすることは、誰のためにもならないのかもしれない。

「……我儘になっていいんですか?」
「ああ、そうだよ。むしろ我儘で、貪欲であってくれ! 頼むから! あんなクソ姉のために自分のことを犠牲にしていたら、心が壊れるぞ」

 紫月さんが俺のことを勢いよく抱きしめる。
 自分を犠牲にするなとも、貪欲であってくれと言われたこともなくて、紫月さんになんて言葉を返したらいいのか全然わからなかった。

 突然、瞳から涙が溢れた出した。

「な、何で」

「涙が出るのは、ずっとお前が心の奥底で、自分を大事にしたいと思っていたからだ。姉のためじゃなくて、自分のために生きたいと思っていたからだ」

 紫月さんの言葉を聞いて、さらに涙が溢れた。もしかしたら俺は、ずっと誰かにこんな風に助言されたかったのかもしれない。そう思ったら、余計涙が、零れた。 

 ……我慢をし続けて生きたらダメだ。自分が我慢をしないで生きていける環境を、作るべきなんだ。俺はそのことに、ずっと気づいていなかった。自分を蔑ろにしてばかりだった。……自分を大切にしたい。姉のためじゃなくて、自分のために生きられるようになりたい。

「うっうっ、あああ、あああああっ!!」

 我も忘れて、赤ん坊みたいに泣き叫ぶ。

 ……生きたい。姉のためじゃなくて、自分自身のために。

 今まで我慢をしすぎたせいなのか、涙は一向に止まらなかった。

 紫月さんが泣いている俺の涙を拭う。……あたたかい。虐待のせいで氷みたいに冷えきっていた心が、紫月さんの熱で溶けていく。熱を実感する度に、俺は紫月さんに、『我慢するな』と言われている気がした。

 紫月さんは泣いてるのを通行人見られないように、泣き止むまで、ただひたすら、俺の体を抱きしめ続けてくれた。

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「あの、すみません、お姉さん、今って時間ありますか?」
 服屋に入ると、紫月さんはすぐに店員さんに声をかけた。
「はい、もちろんです。何かお困りですか?」
「彼に似合う服を、探して欲しいんです」
 紫月さんがそう言うと、店員さんは笑って頷いた。
「かしこまりました。お探しします」