「おはよう、疫病神。 熱でもあるんじゃない? 朝っぱらから吐くなんて」
姉ちゃんが俺に声をかけてくる。どうやら、トイレが開くのを待っていたみたいだ。
……もう朝になったのか。
「おはよう、姉ちゃん。……確かにそうかもね」
俺は姉ちゃんの横を通り過ぎて、ダイニングに行こうとした。だが次の瞬間、姉ちゃんに足をひっかけられて、俺は床に倒れるハメになった。
「何してんのよ。どんくさいわね」
誰のせいだって言いたくなったが、俺は何も言わずに立ち上がった。
「何か言ったらどうなの?」
「いたっ!」
茶々を入れるみたいに、カッターで刺されたせいで傷ができている腕を軽く叩かれる。
「……姉ちゃん、楽しい?」
俺は何を聞いているのだろう。
楽しいなんて絶対に言われたくないクセに。
「ええ、楽しいわよ。大嫌いな弟をいじめるのが、つまらないわけないでしょ」
目を見開く。
涙腺が緩んで、涙が出そうになった。
俺は必死で涙をこらえて、自分の部屋に向かった。
部屋に着くと、俺はゆっくりとした足取りで窓のそばに行って、雨戸を開けた。
「……まぶし」
窓越しから、太陽が照りつけてくる。
……もうすっかり夏だな。
空を見ていたら、涙が頬を伝った。
「楽しいなんて、言って欲しくなかったな」
そんな風に言われたくなかった。
つまらないって言って欲しかった。だって俺は、姉ちゃんの弟なのだから。弟をいじめるのが楽しいなんて、嘘でも言われたくなかった。
俺を可愛がっていた姉ちゃんは、もう何処にもいない。虐待をされるようになってから薄々は感じていたその事実が、確信に変わってしまった。
――俺が大好きだった姉ちゃんは、もうどこにもいない。
どうしようもない悲しみに襲われて、涙がどんどん溢れ出してくる。
――止まれ。
止まれ、止まれ! 早く止まれ!
学校でも泣くわけにはいかないのだから。



