僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 翌日のお昼頃、俺は紫月さんと一緒に、服屋に来ていた。

 紫月さんと服を見ていたら、突然、スマフォが鳴った。ポケットからスマフォを取ってみると、母さんから電話が来ていた。紫月さんが俺の腕を引いて店の外に出て、スピーカーを押してから電話に出るように言ってくる。俺は紫月さんの言う通りにして、電話に出た。

「母さん?」

『ああ、蓮夜! ごめんね、仕事が忙しくて、飾音と言い争いをしたこともあって、電話ができなくて!!』
 言い争い? 不穏な言葉に驚く。
「何があったの?」
 俺がそう言うと、母さんはすぐに、俺が家を出た日の朝のことを話してくれた。


 仕事が終わると、私はいつも頭が痛くなる。その日もそうだった。

「お母さん!!」
 家のドアの前に、娘の飾音がいた。

「あら、飾音。もしかして、私が帰ってくるまで、ずっと外で待っていてくれたの?」
「まあね」
 飾音が眉を上げて、得意げに頷く。娘のこういうところは素直で、可愛いなと思う。でも……。飾音が昨日、蓮夜にした行動が頭をよぎった。
「飾音、あのゴキブリは、どこにいたものなの?」
「え、ご、ゴキブリ? なんの話?」
 飾音が不思議そうに首を傾げる。
「とぼけないで。昨日、トイレに浮かんでいたでしょう?」
 飾音の顔を覗き込んで、私は言った。

「はあ。やっぱり、お母さんが片付けたんだね」
 ため息を吐いてから、飾音は下を向いた。

「あれはあたしの部屋のベランダにあったゴキブリホイホイにいた奴。別にどこかから持ってきたわけじゃない」
 確かに、飾音の部屋のベランダにはゴキブリホイホイがあったわね。
「はあ。飾音、流石にやりすぎよ。あの上履きはもう使えなくて、処分する羽目になったのよ。学校の上履きがただじゃないことくらい、飾音もわかっているでしょう。トイレの掃除も、大変だったんだから」
「うるさい! お母さんに何がわかるのよ!」

「飾音、事故のせいで踊れなくなって辛いのはわかるけど、蓮夜にあたっても、どうにもならないわ」
 私が頬を触ろうとすると、飾音はバシン!と効果音がつくような強さで振り解いた。

「わかったみたいに言わないでよ! 蓮夜は、あいつはあたしと違って、全部持ってるの! 絵の才能も、絵を不自由なく描ける手も、蓮夜は持ってる! でもあたしは、あの事故のせいで何もかも奪われた‼︎ あたしは、ダンサーになるのが夢だったんじゃない! あたしは、ダンサーになるハズだったの! 夢だったのはとっくの昔! あたしは、夢が叶う寸前まで行ってた!それなのにあいつが、蓮夜があたしの人生を、ぶち壊した!」
 飾音が手に持っていたスマフォが、音を立てて割れた。飾音は瞳から、大粒の涙を零していた。

「あたしだって、本当はこんなことしちゃいけないってわかってる! でも蓮夜を見るたびに、ステージでダンスを踊っていた時の光景を思い出して、『蓮夜さえいなければ、蓮夜が事故に遭いそうにならなければ、私はまだ踊れたのに!』って思っちゃうの!」