僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「服のことは行ってから決めるか?」
「はい。そうします」
「わかった。じゃ、風呂に入ろう」
 紫月さんがベッドから降りて、机がある場所とちょうど反対のところにあるクローゼットのそばに行く。紫月さんの隣に行って、クローゼットを覗き込む。クローゼットには隅に黒い金庫が置いてあって、その隣に、バスケットと、甚平と浴衣が二つずつ置いてあった。クローゼットの上の方にある金属製の長い棒には、ハンガーが五つくらいかかっていた。

「はい、甚平」
 紫月さんが俺に甚平を渡してくる。洗面所には、体を洗うタオルと、バスタオルが二つずつ入ったかごが置いてあった。
 俺と紫月さんはかごの一番下に甚平を置くと、服を脱いで、タオルを持って風呂場に行った。

「蓮夜」
 露天風呂に浸かっていると、紫月さんが温泉を俺の顔にかけてきた。
「うわっ!」
 慌てて顔を手で守ったが、一足遅くて、顔が温泉で濡れた。
「あはは、水遊びもしたことないか?」
「六歳くらいの頃までは、姉ちゃんとしてました」
「へえ、そうか」
 紫月さんがもう一度、俺の顔に温泉をかける。顔だけじゃなくて、髪まで濡れた。嫌な予感がして温泉を見ると、髪の毛で隠していた禿げが、ガッツリ見えた。

「あっ」
 顔が赤くなる。紫月さんにしか見られてないとはいえ、禿げを見られるのはやっぱり恥ずかしい。

「蓮夜、おいで」
 正面にいる紫月さんが俺を手招きする。俺がそばに行くと、紫月さんは俺の背後に回って、髪をいじり始めた。
「はい、これで隠れた」
 俺の髪を十秒ほど触って、紫月さんは言った。見られたくなかったのに、ガッツリ禿げを見られてしまった。でも自分じゃ、多分こんなに早く直せなかったよな。
「ありがとう、ございます」
「ん。まあ、ここには俺しかいないし、どうせ髪の毛洗い終わった時にはまた見えるようになってると思うから、隠す意味あんまりないけどな」
「それでも嫌なんです。この歳で禿げてるの、本当にコンプレックスで」

「姉ちゃんのせいか?」
 俺の髪を触りながら、紫月さんはぼやく。

「はい。姉ちゃんに髪の毛引っ張られすぎて、禿げました」

「これ、自分で髪の毛洗ったら絶対頭皮にシャンプーつくだろ」
「はい、つきます」
 そのせいでいつも、髪の毛を洗って流すのに無駄に時間がかかる。多分、同級生の男子の倍は時間がかかっている。

「じゃあ一緒に暮らしている間は、俺が、蓮夜の髪の毛洗ってやるよ」
「ええ、いいです! 昨日も一人で洗えましたし!」
 首を左右に振って、拒否する。昨日、紫月さんの部屋のお風呂に入った時はちゃんと一人で洗えたし、別にそこまでしてもらうほどじゃない。

「そりゃあ洗おうと思えば洗えるかもしんねぇけど、大変だろ?」
「で、でも!」
「ああもう察しが悪いな! 俺が、お前の髪の毛を洗いたいんだよ! お前の世話を焼きたい」
 予想外の発言に驚いて、紫月さんを見る。紫月さんの頬が、みるみる赤くなっていく。

「し、紫月さん」
「い、今の発言、忘れて」
 勢いをつけて、紫月さんに抱きつく。
「うおっ」
 紫月さんは左手で浴槽の縁を掴んで体が沈まないようにしてから、俺の背中に右手を置いた。

「今日は随分俺に甘えるなあ」
「めんどうくさいですか?」
「いや、素直で可愛いと思う」
「なっ!」
 顔がりんごみたいにどんどん赤くなる。
 真っ赤な顔をした俺の手を引いて紫月さんは浴槽から出て、髪の毛を洗ってくれた。指が折れているせいで洗いづらいだろうからと、ついでに体も洗ってくれた。