「もういいです」
謝ったからって許す気にはとてもなれなくて、俺はスマフォを返すと、紫月さんから離れて、リビングに行った。リビングは中央にテーブルと脚のない椅子が置いてあって、壁際に大きなテレビと、キャリーケースが置いてあった。テーブルは大きすぎて、四人用なのではないかと思えるくらいだった。
「あ」
リビングの窓を開けたとこにあるベランダには、浴槽があった。ここのベランダとお風呂場って繋がっていたのか。
紫月さんは浴槽を眺めながら、ぎゅっと拳を握りしめていた。そんな紫月さんを見ていたら申し訳ない気持ちが募ってきて、俺はつい床に寝転がって、ため息を吐いた。
突き放すようなことを言って、紫月さんを傷つけてしまった自覚はある。でも仕方がないじゃないか。まさか、紫月さんが俺の絵を見たことがあって、しかもそれを今まで隠してたなんて思わなかったのだから。別に隠されたこと自体には怒っていない。多分、言いにくかったから隠しただけだと思うし。ただ紫月さんが俺に何も言わないで調べたのは、正直、かなり気に入らない。
絵にのめり込んでいたことなんて知られたくなかった。知られたら、今の比ではないくらい、絵を描けって言われるようになるに決まっているし、それに、そうなったら、ますます夢のことを考えるようになってしまう気がしたから。
「蓮夜」
紫月さんが窓を開けて、リビングに入ってくる。紫月さんは窓を閉めると、すぐに俺の隣にきた。
「紫月さん」
「ごめん。俺、何も言わないから。お前にもう『絵を描くべきだ』なんて言わないから、許して欲しい」
紫月さんが俺の顔を不安そうに覗き込む。
「はは。そんなふうに言わなくても大丈夫ですよ、別に怒ってないですから」
紫月さんの頭を撫でて、俺は笑う。紫月さんのこういう不意に子供みたいになるところが好きだ。この態度は、いつも弟さんのために気を張っている紫月さんが、俺だけに見せてくれるものだと思うから。
「え、本当か?」
「はい。まあ、絵のことは言わないでいてくれるほうがありがたいですけど」
紫月さんは何も言わず、顔を伏せた。
「絵のことは姉ちゃんのことが片付いたら、きちんと考えます。今は描きたい気持ちはありますけど、ペンを持つ気には全然なれないので。その時は、相談に乗ってもらっていいですか?」
「ああ、もちろんだ!」
紫月さんは目を見開いてから、思いっきり口を開けて笑った。



