僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


湯河原の旅館には、十七時ごろに着いた。

「いらっしゃいませ」

 車から降りた俺と紫月さんに、スーツ姿の男の人が声をかける。
 紫月さんが車の後ろのドアを開けて、キャリーケースを外に出した。男の人が紫月さんに近づく。

「紫月です」
「紫月様! お待ちしておりました。荷物は先に運ばせていただきますね」
 紫月さんは男の人にキャリーケースを渡してから、旅館のドアの方に足を進めた。

 旅館の中に入って靴を脱ぐと、すぐに女将さんが俺達をロビーのソファに案内してくれて、そこで部屋の話をしてくれた。部屋の名前は雅で、ロビーがある二階の一つ下の一階にあるそうだ。旅館は地下にも部屋があるのだが、紫月さんが足を怪我しているから、一階の部屋にしてくれたらしい。

「お夕食は六時、六時半、七時のどの時間にいたしますか?」
 着物を着た女将さんが、柔和な笑みを浮かべて俺達に語りかける。女将さんは紙とペンを持っていた。紙の一番上のとこには紫月様と書かれていて、その下に夕食の時間と、朝食の時間の候補が書いてある。

「十九時で。それまではゆっくり風呂にでも入ろう。な、蓮夜」
 俺の背中を軽く叩いて、紫月さんはいう。俺は元気よく声をあげて頷いた。
「大浴場は一晩中空いておりますので、いつでも好きな時間に入ってください」
 女将さんの言葉を聞いて、俺はつい口を閉じた。
「ありがとうございます」
 大浴場に入る気なんてないのに、紫月さんは社交辞令のようにそう言った。

「朝食の時間は八時、八時半のどちらにいたしましょう?」
「蓮夜、遅いほうがいいか?」
「はい、どちらかと言うと」
「かしこまりました。では八時半にいたします」
 女将さんはペンで、十九時と八時半のところに丸をつけた。紙を半分に折って、女将さんは言う。

「お部屋にご案内いたします」
 女将さんは大浴場や食堂を通りながら、俺たちの部屋まで足を進めた。部屋に着いたところで、女将さんは紫月さんに鍵を渡した。

「では失礼いたします」
 女将さんがお辞儀をして去るのを見てから、紫月さんは部屋のドアを開けた。