駐車場に着くと、紫月さんはすぐに車のそばに行って、運転手席のドアを開けた。
「狩野さんのとこに駐車場があってよかったな。有料の駐車場だったら、千円くらい払う羽目になっていただろうな」
紫月さんが安心したように笑ってから、運転手席に座る。紫月さんはドアを閉めると、すぐにシートベルトを締めた。
「蓮夜、どこに泊まりたい?」
紫月さんの真似をして、俺は助手席に座った。ドアを閉めて紫月さんを見る。どうやら、まだ出発はしないようだ。それなら、シートベルトはまだ締めなくていいか。
「ビジネスホテルじゃないんですか?」
「いやそれはあくまで候補だから。旅館でも宿でも、蓮夜が好きなところでいい」
俺が好きなところ?
「そんなこと言われても、わかんないです。俺、旅行なんてしたこともないので」
虐待をされる前は、姉ちゃんは家の中でダンスを四六時中していたから、旅行なんてする暇もなかった。
「じゃあ質問を変える。大浴場か、部屋に温泉があるのだったらどっちがいい」
「部屋がいいです」
大浴場に入ったら誰かに虐待の跡を見られるかもしれないし、その方がいいよな。
「じゃあ部屋に源泉掛け流しの温泉があるところにでも向かうか」
「え、そんなよさそうなところでいいんですか?」
「ああ、いいよ」
紫月さんが俺の頭を撫でて、楽しそうに歯を出して笑う。頬にエクボができている。無邪気な子供みたいな顔。やっぱり、この人は幼い。でもそんなところがまたいい。紫月さんといると、姉ちゃんと一緒にいる時みたいに、緊張しないで済むから。



