僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい



「なあ蓮夜、時間をくれないか」
「時間?」

 どういうことだろう。

「ああ。もう努力をしないのはやめる。蓮夜を弟として見なくなるように頑張るから、もう一度、俺と暮らしてくれないか。あと一週間だけ、俺のそばにいてくれないか。俺がお前を弟のように扱ったら、すぐに家を出ていいから」

「家を出ていいって、本気ですか」

 急に俺を弟として見ないようにするなんて無理だろう。それなのに弟として見たら家を出ていいって言うなんて、どれだけ俺のことを考えてくれているんだ。

「ああ、鈴香にお前のこと頼んでみるから。俺と暮らすのが嫌になったら、鈴香の家に行ってくれ。鈴香の家なら、俺も時々会いに行けると思うし」

 確かに鈴香さんの家なら、何事もなく暮らせそうだな。鈴香さんは紫月さんに信頼されているし、すごく優しいから。それに、私にできることがあったらするって言ってくれたし。その言葉が、嘘偽りない本音なのかはわからないけれど、少なくとも姉ちゃんよりは、鈴香さんの方がよっぽどマシだ。

「でも」
 紫月さんと一緒に暮らしたら、俺はまた傷つくんじゃないのか?

「一週間でも無理か?」
 紫月さんが潤んだ瞳で俺を見て、やせぎすの俺の手をぎゅっと掴む。『離さない、離したくない』と言われているような気がした。

「無理ではないですけど、正直、うんとは言えないです」

「やっぱりそうだよな」
 顔を両手で覆って、紫月さんは泣き崩れる。

「え、し、紫月さん?」

「……ごめん。俺、異常だよな。二十六歳にもなって、お前のことを、弟の代わりにしか思えないなんて」

 手足を小刻みに震わせて、紫月さんは言う。しゃがみ込んで泣いている紫月さんは、頼りない子猫のように見えた。

 もしかしたら紫月さんは、年齢はもうすっかり大人だけれど、中身はまだ子供なのかもしれない。子供だから、俺のことを弟の代わりとして見てしまったり、自分を大切にできなかったりしているのかもしれない。十八歳の頃から一人で生きることを強いられたから仕事や家事はできるけど、大人には全然なりきれていないのかもしれない。そう思ったら、紫月さんを一人にするのは、とても不安に感じた。

 紫月さんは俺がそばにいない時に弟さんが死んだら、本当に自殺してしまうのかもしれない。

 弟さんが死んでも紫月さんは自殺しなくて、俺が紫月さんに弟の代わりだと思われることもない未来を作るのは無理なのだろうか。その未来が作れるなら、きっと何もかもうまくいくのに。