僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「ごめん、ごめん、蓮夜。わざとじゃ……」

 俺の涙に驚いて、慌てて紫月さんは弁明をしようとする。

「今蓮夜って呼ばないでください! 俺のことを弟だと思っているくせに、下の名前で呼ばないでください。そんなことされたら、錯覚してしまう。紫月さんが俺のことを、蓮夜だとわかっていると」

「わかってるよ。蓮夜が弟じゃないことくらい」

「わかってないですよね? 紫月さんは嘘ばっかりだ! さっき俺のことを、弟って言ったくせに!!」

 違う。こんなことが言いたいわけではない。これでは喧嘩になってしまう。紫月さんを困らせたらダメだ。紫月さんは俺の傷の手当をしてくれて、一緒に暮らしてくれて、ご飯も用意してくれた。これ以上望むのはダメだ。これ以上望んだら、紫月さんを困らせてしまう。でも。それでも、俺は紫月さんに、弟の代わりとしてではなくて、蓮夜として見られたい。
『何で俺の弟はこんなに可愛いんだ』は嫌だ、『何で連夜はこんなに可愛いんだ』って言われたい。
「ごめん。……自分でも、何で弟になっちゃうのかわかんなくて。蓮夜は蓮夜だって、弟じゃないってどんなに言い聞かせても、全然意味なくて。お前が泣いたり笑ったりするたびに、弟の姿が頭をよぎるんだ」

 紫月さんに背を向けて、俺は走り出す。

「蓮、待って」
 俺の腕を掴んで、紫月さんは言う。

 ああもう!

「俺は、蓮じゃない。弟の代わりなんかじゃ、ないです」
 涙を流しながら後ろに振り向く。

「……弟さん、元気になるといいですね」
 紫月さんは何も言わず、手を離した。

 やっぱり紫月さんは残酷だ。今手を離したら、『連夜として見る気はない』って言っているようなものなのに。

 手を離されたことにショックを受けている自分に嫌気がさす。どうして。わかっていたハズなのに。紫月さんは俺を弟としてしか見てないって。それでいいって、思っていたハズなのに。

 俺は覚悟したつもりになっていただけで、本当は全然覚悟なんてできていなくて。弟だと思われ続けることがどんなに辛く苦しいことなのか、ろくにわかっていなかった。

 紫月さんは俺にたくさん笑いかけてくれるし、ご飯だって用意してくれるし、傷の手当だってしてくれる。でもそれは全部、俺への親切心でやっていることじゃなくて。紫月さんはだだ、弟の代わりだから俺に優しくしているだけ。

 俺は紫月さんにとってただの替えのきく道具にすぎない。
 たまたま弟と同い年で、たまたま弟と同じように虐待を受けていたから、俺が選ばれただけ。弟さんが目覚めたら、あるいは俺よりも弟さんに似た人が現れたら、紫月さんは容赦なく俺を切り捨てる。

 ……わがままで、めんどうくさくてごめんなさい。傷つけてごめんなさい。

 できることなら、紫月さんと、血の繋がった弟でありたかった。
 できることなら、紫月さんに義理の子供みたいに可愛がられたかった。

「うっ」

 近くにあった公園の個室のトイレにこもって、声を上げて泣いた。そんなことをしたところで、心が晴れるわけでもないのに。
 紫月さんはやっぱり追ってこなかった。
『そりゃあ追わないですよね。俺のことを、弟の代わりとして見ることしかできないんですから』
 そんな風に思ったら、余計涙が出てきた。