僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 俺が車に轢かれそうにならなければ、姉ちゃんは今もきっと元気にダンスをやっていた。
 弟の俺に暴力なんて振るわない、優しい姉ちゃんのままだったハズなんだ。
 姉ちゃんを変えてしまったのは俺だ。俺が姉ちゃんを悪者にした。そんな俺に姉ちゃんに抵抗する資格も、絵を描き続ける資格もありはしない。

 ……ダイニング行くか。

 俺は引き出しの二段目から包帯を取り出して刺された腕にそれを巻くと、引き出しからもう一枚タオルを取り出して、床を拭いた。
 俺は床を拭き終わると、自分の血で汚れた二枚のタオルを洗濯機に入れて洗濯してから、ダイニングに向かった。
 俺の家は一階建の一軒家で、玄関前の廊下の左側に風呂場と洗面所がある部屋と、俺と姉ちゃんの部屋があって、右側にダイニングキッチンとリビングルームがある。

 ダイニングは食事に使う大きなテーブルも椅子も食器棚も木目模様になっている。
 木目模様は父さんの好きな模様らしい。
 まぁ、母さんが俺を産む前に父さんと離婚したから、それは確かな情報じゃないのだけど。

「はぁ……」
 ダイニングに着くと、母さんが木目模様の椅子に座り込んで、テーブルを見ながらため息を吐いているのが見えた。テーブルは木目模様で、母さんのすぐそばにあった。

 母さんは家具を残したのは買い直すのがめんどうくさかったからだと言っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
 母さんはまだ父さんが好きなのかもしれない。
 浮気とかで別れたんじゃなくて、考え方の相違とかで別れただけなのかもしれない。

「母さん」
「あ、蓮夜。ごめんなさいね、来たのに気づかなくて。ご飯用意するわね」
 母さんが作り笑いをして、優しい声音で言う。
 母さんの目が、ほんのり赤くなっていた。泣いていたのかもしれない。……やっぱり母さん、父さんが好きなんだ。
「……うん」
 俺は小さな声で頷いた。

 母さんは俺を見てから、慌てた様子でキッチンに行き、ガスコンロの火をつけ直して、ご飯の用意をした。

 俺は椅子に腰を下ろして、テーブルの前にあったテレビをつけた。

「ねぇ蓮夜、大丈夫? 飾音のせいで怪我とかしてない?」

 母さんがテーブルの上にカレーライスが入った皿と、サラダの入った皿と、みそ汁の入ったお椀と箸とスプーンを置いてから、首を傾げて訪ねてくる。

「し、してないよ。大丈夫」
 大嘘だ。
 さっき膝蹴りされた腹も、カッターで刺された腕も、今もひどい痛みを訴えてくる。

「そう? ならいいけど。何かあったら無理しないで、ちゃんと言ってね。お母さんは蓮夜の味方だから!」
 ……味方ね。
 俺はあんたに頼りたくても頼れないんだよ。あんたに頼ると、姉ちゃんを怒らせることになるとわかっているから。
 俺は口をつぐんで、拳を握り締めた。

「それじゃ、お母さんはそろそろ夜勤の仕事に行ってくるから。夜更かししないで早く寝てね、蓮夜」
「……うん。気を付けてね」
 俺は母さんが家から出ていこうとするのを見てから、左手でスプーンを持って、カレーを食べた。
 母さんは俺が産まれた時から夜勤の仕事をしている。それは俺が産まれる前に父親と離婚したせいで生活が苦しいから、通常より給料が高くもらえる夜勤の時間帯に働いた方が金を稼げるからだ。
 母さんは夜勤に働いているせいで昼間は寝ていることが多かったから、俺は赤ん坊くらいの頃、姉ちゃんに面倒を見られてた。
 姉ちゃんは母さんと遊べないのが嫌で泣いてばかりだった俺を、いつも甘やかしてくれてた。
 あの事故が起こるまでは。
 ――あの事故が、俺の日常の全てを壊した。