「大丈夫です、紫月さんは悪くないです。あんなことがあったら、誰でもそうなります」
紫月さんの頭を撫でて、俺は笑った。
紫月さんが現実から目を背けたことが、俺を弟の代わりだと思うことにつながったのは確かだ。
それでも、俺は紫月さんを責められない。
だってあの日、紫月さんが助けてくれなかったら、俺は死んでいたから。 紫月さんは弟に執着していたから、俺を助けたようなものだ。 それは裏を返せば、弟に執着していなかったら、俺を助けなかったことになってしまう。 それなのに紫月さんを責めることなんて、俺にはできない。
「……ごめん。俺は、逃げてばっかりで。情けないよな、本当に」
「情けなくなんかないです。仕方ないです。家族が植物状態になることなんて、滅多にないことですし」
「俺がこのままだと、蓮の人生はメチャクチャになるかもしれない」
メチャクチャ?
不穏な言葉に驚いて、冷や汗が頬を伝う。
「え、ならないですよ」
良くない事を言われる予感がした。
「なるよ。忘れたか、蓮。俺はきっと弟が死んだら、お前を捨てる」
俺を引き取った時に言ったことを、また紫月さんは言った。
はぁ。予感が当たってしまった。
……そんなことしない。そんなことをするほど、紫月さんは非情じゃない。必死で、そう自分に言い聞かせる。
「俺はそんな言葉信じません。紫月さんはいい人だってことを、身をもって知っているので」
紫月さんはハリボテなんかじゃない。俺は、紫月さんのことを、鈴香さんみたいには考えない。
大丈夫だ。紫月さんは、優しい人だから。
……そう、ですよね?
不安になってしまう。捨てないで!って、紫月さんの両肩を掴んで、叫びたくなってしまう。
弟の代わりの俺にそんなことをされても、紫月さんは困るだけなのに。
「はあ……お前、いつか詐欺とかに引っかかりそうだな。いい子すぎて」
ため息を吐いて、紫月さんは項垂れる。
「え」
詐欺に引っかかる? そんなの初めて言われた。
仮に、紫月さんが俺を捨てたら、それこそ、詐欺に引っかかったようなものじゃないだろうか。
……もちろん俺と紫月さんの間にお金の貸し借りはないけれど。
紫月さんに捨てられた時のショックは、たぶん、詐欺に引っかかった時なんかとはとても比べられない。
この考えは良くない。詐欺に引っかかった時と、紫月さんに捨てられた時を比べたら後者の方が辛いなんて。犯罪にひっかかった時とそうじゃない時を比べたらそうじゃない時の方が辛いなんて、そんなの絶対ダメな考えだ。それでも俺は、この考えを捨てられない。
俺は紫月さんに、執着してしまっているから。
四年の付き合いがあるとはいえ、たかが店員と客の間で執着するなんて、絶対良くないことだ。
それでも俺には、紫月さん以外に、頼れる人がいない。
……紫月さんに優しくされる度に、俺は嬉しくなる。
紫月さんともっと、一緒にいたいって思う。
俺は、紫月さんとずっと一緒にいたい。
たとえそれが、叶わない願いだとしても。



