僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「紫月、弟の様子は?」
 会計が終わったところで、狩野さんは言った。

「相変わらずです。でもま、死んでないだけマシですよ」
「紫月、お前も、我慢だけはするなよ」
 狩野さんが心配そうな顔で、紫月さんを見る。

「俺は嫌でも我慢せざるを負えませんよ。弟のことがあるんで」

「はあ。相変わらず、お前の世界は弟中心なんだな」
 頭に手を当てて、狩野さんは項垂れる。

「弟のことを考えるのが、俺の生き甲斐なので」
「自分の世界の中心を、弟にするなよ。お前は弟が死んだら」

「それ以上先は、言わないでください」
『弟が死んだら、自殺するつもりなのか』
 そんな言葉が頭に浮かんで、つい言葉を渡ってしまった。
 だって紫月さんがもしその言葉を否定しなかったら、本当に弟さんが死んだら自殺をしてしまう気がしたから。俺の虐待の問題が解決していようとそうじゃなかろうと、自殺をしてしまう気がしたから。
 そんなの嫌だ。弟が死んだからって、自殺しないで欲しい。だって今俺が信じられるのは、紫月さんだけだから。俺の味方は、俺のヒーローは、紫月さんだけだから。

「蓮」
 紫月さんが目を細くして、切なそうな顔で、俺を見つめる。
 その目が、俺の期待には答えられないと訴えている気がした。それに気づいていないふりをして、俺は言う。

「ご飯、食べに行きましょう? 紫月さん」
「……ああ、そうだな。それじゃ、狩野さん、失礼します。ありがとうございました」
「……ああ、また来いよ」
「はい」
 俺と紫月さんは狩野さんにお辞儀をして、美容院を後にした。

「なあ蓮、俺は多分」
「今は何も言わないでください。未来なんて、誰にもわからないじゃないですか。信じさせてください。俺は、紫月さんは弟が死んでも自殺なんかしないって、そう思いたいんです」
 じっと紫月さんを見つめて言う。
「蓮は、俺が死んだら悲しい?」
「悲しいに決まってます! 紫月さんは俺のヒーローなんです。俺は紫月さんがいなかったら、死んでました! それなのに悲しくないわけがないです!」

「ごめん、そうだよな」
 紫月さんが俺の頭を撫でる。