僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


 紫月さんが駐車場に車を停めて、シートベルトを外す。
「蓮、シートベルト取れそうか」
 運転手席のドアを開けて車から降りてから、紫月さんは言う。紫月さんは俺の指を、不安そうに見ていた。指の骨が折れているから、外せないと思っているのだろう。
「はい、大丈夫です。今朝もちゃんと車から降りれましたし」
 確かに骨は折れているけど、別に、シートベルトを取れないわけではない。まあ取りにくいのは確かだけれど。
「ならいいけど」
 紫月さんに笑いかけてから、俺はシートベルトを外して、助手席のドアを開けた。
「ほら、蓮」
 紫月さんが助手席のドアのそばに来て、俺に手を差し出す。心配性だな、紫月さんは。
「ありがとうございます、紫月さん」
俺は紫月さんの手を取って、車から降りた。
駐車場から歩いてすぐのところに、美容院はあった。

「おー紫月、久しぶり!」
 紫月さんがドアを開けて美容院に入ると、入り口前にいた店員が笑顔で言った。
 店員は一人しかいなくて、店の内装は黒を基調としたシックなデザインだった。
 店員の髪には、パーマがかかっていた。耳に、金色で十字架の形をしたピアスが付いている。瞳は灰色だから、たぶん、カラーコンタクトなのだと思う。美容院の店員だから、お洒落に気を配っているのだろうか。
「お久しぶりです、狩野さん」
 声をかけてくれた店員に、紫月さんも笑顔で返事をした。
「ああ。紫月、この子は?」
「最近、漫画喫茶によく来てくれてるんです」
「山吹蓮夜です。初めまして」
「俺は狩野一成(かのいっせい)だ。よろしくな」
 そう言って、狩野さんは俺に握手を求める。俺はおずおずと手を握った。

「おい紫月、まさかこの子は」
「弟の代わり、じゃないですよ」
 狩野さんの言葉を亘って、紫月さんは言う。

「お前がそう言うならそうなんだろうな」
「はい、もちろん」
 嘘です。俺は弟の代わりですと言ったら、紫月さんは怒るのだろうか。多分、そうなのだろう。

 その後、俺はすぐに椅子に促されて、髪を切ってもらうことになった。

「はい、できました」
 俺の髪を切り終わると、満足げな顔で、狩野さんは言った。

 目の前にある鏡を見ると、髪型は綺麗なマッシュに変貌していた。傷んだところをきちんと切ってくれている。
 それにアイロンをした上からスプレーをかけてくれたから、禿げもしっかり隠れている。正面からも、左右からも禿げが見えないくらい。

「ありがとうございます」
「マジで助かりました!」
 紫月さんが狩野さんに九十度くらいのお辞儀をする。

「気にすんな。ところで紫月、この子は」
「俺と、似たようなもんです」

 紫月さんと狩野さんが意味深に言葉を交わす。大方俺の怪我のことだろう。確かに聞かれはしなかったけれど、話はされたな。

「そうか。蓮夜くん、我慢だけはしないようにな」

 夢のことといい虐待に反抗できないことといい、今のところむしろ我慢ばかりしていたので、なんて返せばいいのか全然わからなかった。

「我慢をしない子になるよう、俺がきちんと教育します」
「それならいい」

 狩野さんを見て、紫月さんはニコッと笑った。ポケットから財布をとりだして、紫月さんが会計をする。