僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい


「昔は優しかったんですよ? 」
「昔は昔だろ。今も優しくなきゃ意味がない」
 紫月さんがコーヒーを持ってない方の手で、俺の服の袖をそうっとめくる。包帯まみれの腕を、指先で撫でられた。
「紫月さん、何して」
「こんなのは姉が弟にする仕打ちじゃねぇんだよ。本当によくここまで耐えたな」
 そう言われた瞬間、張り詰めていた糸が一気に切れた。
 身体から力が抜けてコップが手から滑り落ちる。涙が滝のように溢れ出した。

「うわっ! 蓮何してんだよ!?」
 コップが割れて、中に入っていた紅茶が床に溢れる。コップの残骸を踏んだらまずいと思ったのか、紫月さんは慌てて俺の腕をひいて、数歩横にずれた。

「ご、ごめんなさい」
「蓮、どうした?」
 俺は何も言わず、声を押し殺して泣いた。鈴香さんもいるのに赤ん坊みたいに声を上げて泣くのは嫌だったから。

 俺の背中を撫でて、紫月さんは笑う。
 俺は何も言わず、紫月さんの腕に爪を立てた。そうでもしないと、この消化しきれない思いを何かにぶつけて、物を壊してしまいそうだったから。
「蓮、大丈夫だよ。ここにはお前を傷つけるものなんて何もないんだから。本当に今までよく耐えたな。お疲れさん」
 俺の爪が食い込んで痛いハズなのに、紫月さんは少しも咎めやしなかった。
 やっぱり俺はこんなことを言ってくれる紫月さんと一緒にいて、後悔するハメになるなんて思えない。
 紫月さんは残酷だけれど、少なくとも悪人ではない。一緒にいて後悔する可能性なんて限りなく低いだろう。だって紫月さんはこんなに俺に優しくしてくれているのだから。


「すみません、俺ちょっと取り乱しました」
「気にするな。お前がそうなる気持ちもわかる。俺もお前もいい家の元では生まれてないからな。あいつとは違って」
 俺の涙を拭いながら、紫月さんは作り笑いをした。

 部屋の壁際にあるクローゼットを開けて、紫月さんは目を伏せる。多分、弟さんのことを思い出しているのだと思う。
 紫月さんの隣に行ってクローゼットを覗き込むと、中には箒とちりとりとビニール袋があった。ビニール袋の中には、何十着もの服が畳まれて入っていた。弟さんのだろうか。